日本の入管問題の今 −元入管職員と支援者、2つの視点から−
「出入国在留管理庁(通称:入管)」という言葉を聞いて、海外に行くときにパスポートを見せて通してもらうところぐらいのイメージしか持たなかった私たちCALL4夏期インターン生。入管について、日本国籍を有する私には一生関係のないこととして、「他人ごと」の側に置いていた。しかし、「入管法」は日本の法律で、そこに問題があっても対象となる外国人ではなく、日本人にしか変えられない。本当に「他人ごと」で済ませてよいのだろうか。
本記事の作成にあたり、私たちはこの構造的な問題に焦点を当て、「入管問題の自分ごと化」をテーマに設定した。そして、入管問題に関わっている、二つの異なる立場の当事者にインタビューを行った連続記事として構成することで、入管の問題を立体的に浮かび上がらせることを目指した。
その後編となる本記事では、日本で生活する外国人労働者・難民の方々を対象にした支援団体であるBOND(バンド)の学生メンバーである小堀百花さん、真栄田早希さんにインタビューを行い、支援者の立場から、入管の実情や制度的な問題点、被収容者の思いなどについて、お話を伺った。
前編:日本の入管問題の今 −元入管職員と支援者、2つの視点から−|公共訴訟のCALL4(コールフォー)
日本で生活する外国人労働者・難民の方々を対象にした支援団体。「外国人労働者、難民の人権を守ること」と、「国内で安心して暮らせるように入管問題の根本的な解決」を目標に活動している。主な支援活動は、品川や牛久にある入管施設で被収容者との面会、実情の発信、デモや講演会などイベントの主催、入管施設内の人権侵害行為の申し入れなど。
(1)入管施設の生活環境を知る
ーー被収容者にとって収容所の環境や生活はどんなものなのでしょうか?
小堀さん:東京都品川区にある施設はビル、茨城県牛久市の施設は市役所に近いイメージだと思います。外国人の命を預かっているというより、管理してあげているというような雰囲気を感じます。
被収容者は基本的に1人1部屋で、自由時間の間は、1ブロック5、6人で一緒にカードゲームをしたり、話をしたりしています。文化・宗教の違い、収容された理由など一人一人状況が違います。それらの違いによって生じるストレスもあると思います。
真栄田さん:面会した人の話を聞いて一番印象的だったのは食事の面です。人の命を預かっている施設なのに、栄養バランスがすごく偏っています。「ご飯が冷たい」「ゴミや虫が入っている」「毎日同じメニューで飽きて入っていかない」と聞いたことがあります。
ーートラブルや暴力行為はあるのでしょうか?
小堀さん:日本語母語話者と非母語話者で職員の対応が異なったりします。日本語非母語話者はうまく話ができないので、医者や職員との関係でトラブルにも発展しやすいようです。
暴力行為に関して最近はそんなに聞かないですが、クルド人のデニズさんの入管での制圧映像でわかるように「国に帰れ」という圧力は常にかけられていると思います。職員と揉めたり、ちょっと抗議しただけで懲罰室(引用)で2、3日から1週間隔離されます。ひどいところだとトイレ一つが付いているだけの懲罰室もあります。
ーー医療の面はいかがでしょうか?
小堀さん:医師への診察申請(通称アプリケーション)の許可不許可は医療知識のない職員が判断するので、許可されるのに時間がかかる、まともに医療へのアクセスができない、診療の結果をもらえないなどの訴えが多いです。今年2月ぐらいにも収容所内で持病が悪化し倒れたのにも関わらず、入管職員が救急車を呼ばなかった事例があります。他の被収容者が支援者に伝え、外から救急車を呼んでなんとかなりましたが、ウィシュマさんの事件から全然変わっていないですね。
みんな痛み止めを出されるだけで、根本の治療を受けることはめったにありません。痛み止めを飲んでも症状が全く治らず、その副作用で気持ち悪くなる人もいます。入管は常勤の医師がいると言っていますが、入管を介しているからなのか、医師が来たところで大した治療はしません。目の前にいる患者をなんとか救いたいと考える医者はこの仕事を続けられないと思います。
(2)入管施設に収容されている外国人を知る
ーー長期収容されているのはどんな人ですか?
小堀さん:大きくは、3つに分かれます。
まずは、難民申請中の人。例えば、キリスト教に改宗したり、反政府運動に関わったり、マフィアから命を狙われていたり、何らかの理由で国に戻ると命が危ういという話をよく聞きます。日本の難民認定の基準では難民として認められず、でも母国に帰れない人は、難民申請をしている間に収容されています。
次に、日本人と結婚している、子どもがいるという事実が法律上認められない人。オーバーステイの状態で結婚したのだから、結婚しても「日本人配偶者等」の在留資格を認めないと入管に言われた人がいます。
そして、バブル期の1980年代ぐらいに日本に来た外国人労働者。来日時は難民申請をしていなくても、オーバーステイになっても政府が働けるようにしていたが、今は政府に帰れと言われています。しかし、長い人で30〜40年、母国から離れて生活している彼らにとって、帰ることは不可能に近いのが実態です。
ー収容所の生活のきつさを理由に国へ帰る方はいますか?
小堀さん:ほとんどいないですね。家族がいる人、日本に長期間住んでいる人にとって、強制送還は家族や今の生活の全てを奪うことと同じです。母国に帰って生きていけるのか、日本に残っている家族はどうなるのか、という切実な問題があり、そう簡単には帰国できません。そもそもきついからという理由で仕方なく諦めて帰ろうとする人は長期収容になる前に帰っていると思います。
ーー被収容者の入管システムについての理解度は?
小堀さん:難民申請に関しては、被収容者はみんな「入管は申請用紙を配っているだけだよ」と言っています。権利があることや、やるべきことを教えてもらえず、何もしていなかったら、入管は「あなたはこれをしていないから犯罪者です。はい終わり」といった態度をとっています。制度を利用できることを知らず、収容後に支援者や弁護士と話して初めて難民申請の制度の存在を知った人も割といます。
収容生活ついては、スマホが没収されて使えなくなるので、テレビ・ラジオ・新聞や支援者からの情報で一生懸命勉強している人がいたり、入管について詳しい被収容者が新しく来た被収容者に入管のことを教えてあげたりもしています。
(3)被収容者の思いを知る
ーー被収容者は入管やそこでの生活をどう感じているのでしょうか?
小堀さん:長期収容が増え入管の実情や自分の状況をある程度理解している人がほとんどです(長年日本に住んでいる人が多く、大半は日本語が話せます)。みんなすごく怒っています。「動物以下の扱いをされている」と言う人はたくさんいますし、面会中も苦情を述べるだけで30分終わってしまう人もいます。
精神的なストレスや苦しみもあります。理不尽なことも多く、食事の量が少ない、10時消灯だからみんなの唯一の楽しみの金曜ロードショーの結末が見れないなど、外から見たらちょっとしたことでも自由・人権を奪われた被収容者にとってはすごく切実な問題です。このような日に日に増していく苦しみの上に怒りが加わるというイメージです。
真栄田さん:自分の状況を変えたいからだけではなく、これから収容される人に自分たちと同じような思いをさせたくないという理由で抗議をしているという被収容者もいます。
小堀さん:日々被収容者の対応をする職員は、ちゃんと話ができる職員、全く融通がきかない抑圧的・差別的な職員とさまざまです。ただ、職員はあくまでも入管庁本庁の指示に従っているだけなので、被収容者は職員個人よりも入管という組織・制度に対しての不満、怒りが大きいです。
みんな日本と日本人のことが大好きです。だからこそ日本にいたいけど、入管は悪い、ひどいと思っている人が多いですね。
ーー収容の負担はどのようなものですか?
真栄田さん:被収容者から「もうそろそろ出られないときつい」「外国人で日本にいたいだけで犯罪はしていないのに、なぜそんなに長く収容されるのかがわからない」とよく耳にします。長期収容をしたからといって母国に帰れるようになるわけではないのに、つらい思いをさせれば帰るだろうといった政府の不毛で残酷な意図が見えます。
小堀さん:今一番長い人だと5年近く収容されています。複数回の収容年数を合わせると10年近くなる人もいます。家族がいるけどいつ出られるか、今後の生活がどうなるかがわからない。不安に思うことはたくさんあると思います。うつになる、精神的におかしくなる、寝られないなどさまざまな症状が出ている人がいます。
(4)仮放免制度
ーー“仮放免(注1)”の判断の基準は?
小堀さん:入管に教えてもらいたいですね。やれるだけのことをやっても出れない人もいれば、1カ月以内で出る人もいます。本当にバラバラで、基準はないです。
保証金の金額もかなりバラバラです。数万円の人もいれば、百万円近く要求される人もいます。保証人に関しては、被収容者自身の家族に頼む人もいますが、周りに頼める人がいない場合は、支援者に頼むしかないです。何十人もの保証人を請け負っている支援者もいます。
ーー仮放免後の生活はどのようなものなのでしょうか?
小堀さん:仮放免が認められた後、2週間〜2ヶ月(出頭延長の通知で1年近く出頭しなくてよい状態の人もいる)に1回の頻度で出頭日が決められています。出頭時は毎回「まだ母国に帰らないの?」「この1ヶ月何してたの?」などとずっと聞かれます。そして、その場で延長が認められれば仮放免が延長されますが、認められなければそのまま収容、もしくは強制送還となる場合もあります。ここでの許可不許可も裁量で基準が曖昧でとても理不尽です。また、都道府県をまたいだ移動は事前に入管の許可が必要です。
小堀さん:仮放免の期間で働くことはできないので、支援者からの支援や家族の収入でなんとか生きている人もいます。そもそも働くことが犯罪になるのはあまり理解できないし、働ける年齢で、働けて、自分で稼いだお金でなんとか生きられるようになる、税金も払えるようになるのだから、働けるようにするべきだと思います。
小堀さん:さらには仮放免者は生活保護を受けることができず、保険にも入れません。1日1食2食しか食べられないなど生活に苦しむ人が大多数です。さらに、仮放免期間で病気になったら、医療費100%負担はもちろん、病院によっては200%、300%かかってしまうところもあります。新型コロナウイルスが流行している今、多くの仮放免者は外に出ることに対してもすごく恐怖心を抱いています。
注1)長期収容の1つの要因として仮放免制度の運用の問題がある。許可不許可の審査は入管側によって行われ、判断基準が法律上明記されていないことや司法による審査の仕組みがない等の問題点があるとされている。
(5)改善すべき点
ーー入管に関して今後改善していくべきと思われる点を教えてください。
小堀さん:私たちの考える改善ポイントは4つです。
①入管法改悪を廃案に追い込むこと
法務署が国会に提出しようとしている入管法改正案は、被収容者の状況を完全に無視している改悪案です。帰れない難民も迫害の恐れのある母国に送り返すことができてしまう、本当に人権侵害も甚だしい改悪案です。日本は国際的に見て難民受け入れが非常に少ないのに、難民認定の基準が厳しいまま、ずっと(補完的保護など)他の方法から解決しようとしてきてる。2022年秋は見送られましたが、2023年以降に再提出になると思います。
②ウィシュマさんのご遺族および社会へのビデオの全面開示
入管は裁判で開示を拒んでいますが、収容施設内の様子を映したビデオ全面開示なしにはブラックボックスな入管問題の実態は見えず、改善もされないと思います。(2022年11月中旬、およそ2週間分のビデオのうち5時間分について、開示が認められました。)
③入管医療体制の抜本的改革
入管専門部会では、現場の職員に医療の知識をレクチャーし、職員が知識を持って対応できるようにすると語られていました。しかし、収容する以上は人間の命と健康を守ることが大前提です。医療を必要とする人には入管職員の判断に委ねるのではなく、医師の適切な治療を受けさせることを義務化する必要があると思います。
④在留特別許可の大幅緩和と国際基準に基づく難民受け入れ
2015年以降の通達で「我が国や社会に不安を与える外国人を大幅に縮減する」「効率的・効果的な排除」などの言葉が使われ、これらの言葉のように、国は送還を強行してきました。けれども、国はどうしても帰れない人たちに対して在留特別許可在特緩和を与えるよう基準を緩和し、難民認定をするべきです。
在留特別許可の基準は、今の法律のままでも手続や運用次第で緩和できます。送還忌避者の減少のためにも、在留特別許可を出すべき人にきちんと出すべきだと思います。
取材後記 ー私たちが学んだことー
「日本人にしか変えられない法律なのに日本人が無関心すぎる」
「もっと日本人に興味を持ってもらいたい」
これが入管に関する記事をつくるに至った際の、私たちの原動力だった。
入管法は、言わずもがな日本で制定された法律である。しかし、その当事者は日本に来た外国人だ。入管法が酷い法律であったとしても外国人には参政権がないため、法律の改正を訴えることが大変難しい。また、参政権を持つ日本人には直接関係がないため、関心が高まりづらい。
だからこそ、「他人事ではなく、自分事に。」ーーこれがこの記事の目標だった。
入管施設の内情は思った以上に深刻だった。今回BONDさんにインタビューをして、「本当に日本でこんなことが起きているのか」と驚愕した。私たちが生で感じた驚きや、悲しみや、やるせなさが少しでも読者に伝わればと思う。
読者の方に願うのは、まず興味を持ってもらうこと。私たち一人ひとりでは、現状をすぐには変えられないかもしれない。でもだからといって無視していい問題ではない。今だって日本のどこかで苦しんでいる人がいる。それを意識して生活するだけでも、何かが少し変わっていくのではないかと思う。
「世論は、法律を、国を、変えられる」、そう信じて。