2022.10.19

公共訴訟の支援にかかわるということ

[座談会]田中まさお裁判のサポートを体験して

2022年8月25日に「人間を育てる教員に、人間らしい働き方を」訴訟の高裁判決がありました。これは、教員の長時間労働が問題となる中で、原告である田中まさお先生(仮名)が、過酷な働き方を次の世代に残さないために、埼玉県を相手に起こした裁判です。学校現場では今、先生が子どもと向き合う時間を十分に確保できなくなるほど、問題が深刻化しています。その意味で、この裁判は、未来の子どもたちのための裁判でもあるのです。

判決当日、CALL4では、教員志望の学生が中心に立ち上げた支援団体「田中まさお支援事務局」の方たちとともにサポートを行いました。そこで、判決当日の支援にかかわったCALL4のインターン生3人が、当日の活動を振り返りながら、「公共訴訟の支援にかかわるということ」をテーマに、各々が感じたことを振り返る座談会を行いました。

公共訴訟に興味があって、何か支援をしたいと考えているけれども、どんな支援ができるのかわからないという方に、ぜひ判決の様子や訴訟支援のイメージを持っていただけたらと思います。

[座談会メンバー]

建部壮一郎:今年の11月から司法修習生になる予定。田中まさお訴訟については、父親が教師をしていることと、知人にも教師になった人が非常に多いことから、地裁判決が出る前から関心を持っていた。

丸山翔大:現在、法科大学院2年生。祖父と両親が公立の小中学校の教員だったということもあり、教員の働き方の実態については元々から興味あり。

我那覇寛乃:現在、法学部4年生。教員免許を取得したけど私生活とのバランスを考えたときに、教員としては働けないなという声を多く聞いたことから、この問題に取り組んでいくべきではと思うように。今回の田中まさお裁判が初めての判決傍聴。
▲「人間を育てる教員に、人間らしい働き方を」訴訟のCALL4ページ。ここから判決文も読めて、寄付もできる

判決当日の様子を時系列に振り返る

(1)13:15~  弁護士会館集合・入廷

建部:それでは早速、判決当日、私たちがどういった活動をしていたのかについて振り返ってみたいと思います。判決の言渡しに先立って、裁判所のすぐ横の弁護士会館に集合しました。その後、傍聴券を受け取って法廷に入廷をしました。ここまでの皆さんの心境はどうでしたか。

丸山:今回、田中まさお訴訟の支援のために、東京からだけでなく関西・九州の方から来たという人もいました。日本各地から応援に来られた支援者の学生さんがたくさんいらっしゃって、今回の訴訟の関心の高さや広がりを強く感じ、とても印象に残っています。

我那覇:入廷行動(※注1)を支援事務局の方が行っていたんですが、私は初めて入廷行動というものを見ました。記者さんもたくさんいらっしゃいました。あとは傍聴券配布のときに、若い人やお子さんを連れている方、定年退職された方など老若男女問わず多くの傍聴者がいて、これから何かが変わるのかもしれないというワクワク感がありました。

注1)裁判の当事者や支援者が裁判所の中に入る様子を撮影すること。テレビの報道やニュース記事で使用される。

▲入廷行動の様子。CALL4制作のパネルを手に、弁護団と田中まさお支援事務局のメンバーとで行われた

(2)14:00~ 判決傍聴

建部:14時から判決の言渡しがありました。今回の高裁判決ではいずれも請求が棄却されたということで、原告である田中まさお先生の敗訴に終わりました。

丸山:今回の裁判は請求としては時間外手当の請求と国家賠償請求の2つを立てていたのですが、両方とも棄却されてしまったのは、とても残念に感じました。

我那覇:「教員の働き方は自主性のある業務だ」という判決理由に対して、実際に傍聴に来ている人たちが「いや自主的じゃないだろう」などとつぶやいていて、心の声が漏れていた感じが、教育現場で働いている人の生の声というか、リアリティあふれる声だなと感じました。

建部:田中まさお裁判でも給特法(※注2)が立ちはだかったのですが、それでも、私は、高裁がもう少し踏み込んで判断することもできたのではないかと思います。それだけに、判決の傍聴が終わった後は非常に重い雰囲気で、疲労感が一気に押し寄せてきました。

注2)正式名称は、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」。給料月額4%の教職調整額を支払うことで、休日勤務手当や時間外勤務手当を支払わなくて良いとすることが規定されている。教員の長時間労働の原因となっている法律であると指摘されており、教員の働き方を巡る訴訟においても大きな障壁となっている。

(3)14:30~ 旗出し・コメント

建部:判決の言渡しの後はいわゆる「旗出し(※注3)」をしました。その後、裁判所の前で弁護士の若生先生と原告の田中まさお先生が今回の判決を受け、コメントされていました。

我那覇:裁判が終わったらすぐ解散しちゃうのかなと思っていたんですけど、車道にはみ出すぐらいの人数が集まっていて、熱心に先生たちの話を聞いていたので、まずそのことに驚きました。あとは田中まさお先生の「上告します」という発言に対して、聞いている人たちが笑顔で受け止めていて温かい雰囲気がありました。この判決の内容には、みんな少し落胆したとは思うんですけれども、そこでずっと落ち込むのではなくて、前向きにこれから最高裁に向けて頑張っていこうっていう空気があったのがすごいいいなと思いました。

▲旗出しの様子。田中まさお支援事務局のメンバーが旗を掲げ、CALL4の学生たちも後ろで見守った

建部:我那覇さんは旗出しやパンフレットを配っているときの様子を撮影されていたと思うのですが、どうでしたか。

我那覇:パンフレットをみんなに渡していたときに支援事務局の人が、裁判傍聴した人に呼び止められて、「残念だったけど、これから一緒に頑張っていこうね」というように話しかけられていたのが印象に残っています。それも結構多くの人に声をかけられていたので、田中まさお裁判って1人じゃなくて、現役教員の方など興味を持っている人みんなでやっている裁判なんだなと実感しました。

▲判決の傍聴に集まった方へ、みんなで手分けしてパンフレットを配った

丸山:建部さんは、旗出しの旗を書く担当をされたんですよね。

建部:そうですね。私は、「#教員に人間らしい働き方を」の旗を書くという作業を担当させていただきました。長い間、書道をしていたのですが、自分の特技が活かせたと思います。

丸山:建部さん、本当に習字が上手で。あれですよね、横書きはやりづらいとか。

建部:はい、そうなんですよ(笑)。

丸山:旗出しのとき、CALL4が制作した黄色いパネルも掲げていましたが、僕はその中の「子どもを守る先生を誰が守ってくれるのか。」という言葉をすごく気に入っています。訴訟への関心を広めていく際に、その訴訟の問題を端的に表せ、心に響く言葉があるというのは大事だと思います。そのようなアイデアを出して考えるというのも訴訟支援の一環なのかもしれませんね。

注3)今回の田中まさお訴訟であれば、「不当判決」や「#教員に人間らしい働き方を」という文字を報道陣や支援者の方に向けて示し、判決の内容を知らせること。

(4)20:00~ 判決当日イベント

建部:判決当日イベントとして、田中まさお支援事務局とCALL4の共催で、YouTubeライブで判決の報告会が行われました。

丸山:私は、YouTubeの状況を確認したりコメントを見たりしていました。

今回の判決は残念だったけれど、それでも「今度は最高裁を舞台に戦っていこう」といった励ましの言葉がたくさんありました。そして、メッセージの中には、「田中まさおWeek」という提案がありました。「田中まさおWeek」というのは、今回の判決で裁判官が5時以降の仕事は大体自主的な労働だと判断したことを受けて、実際に5時で退勤して行動で示そうという提案で、そういう運動の可能性も感じました。

あと、現役の高校教師である斉藤ひでみ先生にもコメントをいただきました。斉藤先生は現在、給特法の改廃運動をされています。司法の場で変革を望む人たちと、立法の場で頑張ってる人たちが同じ方向を向いているということを確認できたという意味で、良い機会になったと思います。

我那覇:第2部がかなり印象に残っています。視聴者のコメントでは、今回の判決を受けて、「若い人たちは声を上げにくいだろうから、定年退職をした私達が頑張りたい」とか、「明日学校に行って他の先生達にも、こういう裁判があって頑張ってる人がいるんだよっていうことを教えたい」というような前向きなものがいっぱいありました。傍聴に来た人だけじゃなくて、全国の人と繋がっているという感じが良かったです。

建部:私はイベントの中で、YouTubeのチャット欄に出てきたコメントをピックアップして画面に映していくという作業を行いました。そのため、恐らく誰よりも当日コメントを読んでいると思うのですが、私自身は、若手の先生が勇気を持ってコメントされていたことが特に印象に残っています。若い先生の現場の声をお聞きできたことは大きかったと思います。

▲判決当日イベントの告知バナー。原告、弁護団、支援者が夜に再集合してトークライブをおこなった

おわりに ーー“田中まさお裁判”に関わってみて

建部:座談会の中で取り上げた活動以外にも、判決の墨入れ(判決文をCALL4サイトにアップロードして多くの方に読んでいただけるよう、判決文の中の伏せたい個人情報を油性ペンで見えなくしていく作業)を行ったり、文科省で行われた記者会見に参加させていただいたりしました。それらの活動を通じて、田中まさお先生の言葉で印象に残ったものはありますか。

我那覇:私は、「この問題は本質的には労働問題だから本当は記者会見を厚労省でやりたかったんだ」ということをおっしゃっていたのがすごく印象に残っています。私自身、どこかでこの問題は教育現場の問題だと思っていたんですよ。

だけど、田中まさお先生の言葉にはっと気づかされました。確かにこの裁判は教育現場で起こっている話ではあるけれども、根本の問題は長時間労働ということで、教育だけじゃなくて、労働問題でもあるのだなというのを改めて認識できました。

建部:教員の働き方の問題を放置して、何でもかんでも、自主的な業務だから給料を支払いませんという理屈がまかり通るようになると、ひいては、他の職種の人にもこのような理屈が波及してしまうことになりかねません。だからこそ、先生の働き方がしっかりと評価されるような世の中でなければならないですし、そのためには教員以外の方がこの問題にもっと関心を持つ必要があると思いました。

丸山:僕たち3人は家族や友人に教員がいて、そこからこの訴訟に関わり始めましたけど、他のメンバーの中には、今回の問題を友人の官僚の働き方と重ねて問題意識をもち、関わり始めたという人もいましたね。この訴訟は教員だけにとどまらない広がりを持っているのかなと思います。

建部:では、最後になりますが、当日の振り返りをここまでやってきて、全体を通じて感じたことやこの記事を読んでいただいている方へのメッセージはありますか。

丸山:訴訟支援に関わってみて、判決の持つ社会的な影響力も改めて感じさせられました。今回の判決は政治家の方もかなり注目しています。司法を通じて社会を変えるための一歩として、舞台が最高裁に移ったときにも、田中まさお訴訟に関わっていきたいです。このコラムを読んでいる方には、テレビやYoutubeで情報を追うとか、実際に判決を読んでみるとかでもいいので、少しでも田中まさお訴訟に興味を持っていただけたらと思います。

我那覇:今回の裁判に関わってみて、教員じゃなくても考えていかなければいけない問題だし、実際に教員とは関係ない人たちにもいろいろなことに参加してほしいなと思うようになりました。

周りの人に伝えるでも、自分なりにこの問題について学んでみるでもいいと思うんですけれども、少しずつ、自分ができる範囲で自分のできることをみんながやっていくことで、この問題自体も良い方向に変わっていくと思うし、世の中自体が動いていくんじゃないかなと思います。

建部:田中まさお裁判はCALL4に掲げられているケースの中でも多くの人が身近に感じやすく、自分のできる方法で関わりやすい裁判だと思います。例えば、田中まさお裁判のケースページや漫画を読んでみることであったり、現在行われている最高裁に向けたクラウドファンディングに参加してみることであったりと、関わり方はいろいろあると思います。ぜひこの裁判に関心を持って、いろいろな形で関わってもらえると、世の中が変わっていくのではないかと思いました。

(2022年9月13日収録)

▲判決当日イベント終了後にメンバーで集合写真

文:我那覇寛乃・建部壮一郎・丸山翔大(CALL4・2022年夏期インターン生)
編集:丸山央里絵(CALL4)