2022.11.25

日本の入管問題の今 −元入管職員と支援者、2つの視点から−

[前編]渡邉祐樹(弁護士・元入管職員)

「出入国在留管理庁(通称:入管)」という言葉を聞いて、私たちは何を思い浮かべるだろうか。

海外に行くときに受けるあのお決まりの質問、パスポートを見せて通してもらうところ。そのぐらいのイメージが関の山ではないだろうか。まして日本の入国管理局となれば、よほど関心のある人でもなければ具体的なイメージは浮かばないだろう。

何を隠そう、私たちCALL4夏期インターン生もそうだった。それはひとえに、日本国籍を有する私には一生関係のないこととして、「他人ごと」の側に置いていたからだ。実際、身近ではないのだから仕方ないと考える向きもあるだろう。しかし、「入管法」は日本の法律で、そこに問題があっても対象となる外国人ではなく、日本人にしか変えられない。本当に「他人ごと」で済ませてよいのだろうか。

本記事の作成にあたり、私たちはこの構造的な問題に焦点を当て、「入管問題の自分ごと化」をテーマに設定した。そして、入管問題に関わっている、二つの異なる立場の当事者にインタビューを行った連続記事として構成することで、入管の問題を立体的に浮かび上がらせることを目指した。

その前編となる本記事では、30年ほど前に入管に職員として勤務され、現在は弁護士として在留資格のない外国人の方の案件等に携わっている渡邉祐樹さんにインタビューを行い、入管の実情と制度的な問題点について、体験談を交えながらお話を伺った。

(なお、後編では、日本で生活する外国人労働者・難民の方々を対象にした支援団体である「BOND」さんにお話を伺う)

渡邉祐樹さん
渡邉祐樹さんプロフィール:
1994年に大学を卒業後、同年4月に東京入国管理局に就職。1996年に退職し、2004年からは弁護士として活動。埼玉弁護士会の「外国人人権センター運営委員会」、関東弁護士会連合会の「外国人の人権救済委員会」の委員長をそれぞれ2年つとめ、在留特別許可のサポートなど、在留外国人の支援に取り組んでいる。

(1)収容開始時の問題を知る

ーー“全件収容主義”ってなんですか?

日本の入管は、在留資格がない方は原則全て収容します。

前提として、在留資格のない外国人の方は日本にいてはいけないので、本国に帰すのですが、在留資格のないまま日本にいたい方は、単に口頭で言っても帰らないので、強制帰国のために収容して、逃亡を防いでいるわけです。

ただ、帰りたくても帰れない理由がある方もいます。例えば、日本人と結婚して配偶者が日本にいる、または子どもが日本国籍を持って日本にいるなど、家族がいるから帰れないというパターンがあります。また、難民の方のように、国に帰って政府から迫害を受け、殺されるぐらいだったら、施設でも収容されていた方がいいという方もいます。

手続面では、入管収容は、入管職員による審査を経て決定されています。刑事の逮捕勾留が、適正手続のために現行犯でない限り裁判所の令状を要することと比べると、入管側が「1人の判断ではなく上司の決裁を得ている」と主張しようが、結局みんな入管職員だけの判断で決まっているという問題があります。

(2)収容中処遇の問題を知る

ーー収容施設内処遇の実態は?

私が勤めていた当時は、外国人に私がフレンドリーに接していると、先輩たちに「そんな接し方ではなめられる」と怒られていました。どこの国でも、入管は無愛想ですが、それは元々サービス業ではなくて、審査だからです。例えば裁判官が、「被告人の方どうぞこちらに」、「今日はどこから来ましたか」、などと接客のような振舞いだと逆に信用できないですよね。審査だからといってきつい言葉を使っていいわけではないですが、「ちゃんと書けよほら」といった問題のある言動も許される空気でした。

さらに私が勤務していた1990年代には、外国人の方を殴っている職員もいました。多くの人が並んでいる入国審査のブースでは、1人に長時間をかけられないので、少し見て問題があると思ったらブースで審査している職員がボタンを押すと事務室の職員が来て、取調室のような個室に連れて行って一対一で調べます。そこで態度が悪いとか、偽造旅券を持ってきたのではないかとか理由をつけて殴っている職員もいました。他の職員は、殴っているのはわかっていましたが、まずいなという空気はなく、当時はむしろ熱心にやってるなという雰囲気でした。問題視する人はいなかったと思います。

私が入管に就職した1994年、4月の半ばぐらいに収容所の見学に行ったのですが、刑務所の様な鉄格子の収容施設の中に色々な国の人が何人かいました。それを見たときにとてもショックを受けて、映画『猿の惑星』の場面を私は思い出しました。そう言うと、みんな勘違いして「外国人を猿に例えるなんて、人権感覚どうなってるんだ」と言われるのですが、猿の惑星で収容されていたのは人間の方で、猿が収容しているんですよ。入管でも、多国籍の人間が収容されていて、母国語で話しかけてくるけど入管側には通じない。それを見て『猿の惑星』と一緒で、そのうちに感覚が鈍ってきて、自分たちは彼らを支配してるんだと考えるようになってしまいかねないと感じました。

ーー入管職員の支配的な態度はなぜ生まれるのですか?

・同僚同士の同調圧力

入管にはもちろん、いい人もいます。私が入管にいた当時でも、問題がある人は2、3割でした。普通の会社であれば、問題がある職員は退職・異動させることができますが、入管ではそういう人がむしろ幅をきかせています。すると周りも、「あいつがやっているなら俺も」といった感じで、問題のある人たちにどんどん感化されていきました。誰もそれを非難せず、むしろ丁寧に対応している人のほうが非難されていました。

・危機感の欠如

入管職員も被収容者が死んでもいいやとか、痛めつけようとか思っているわけではありません。ただ入管職員には「このままだと死んでしまうかもしれない」という危機感がないのだと思います。

しかし、入管の肩を持つわけではないですが、収容中に仮放免が許可されないけれど外に出たいとき、病気で病院に連れていってもらえば一時的でも病院で外の空気を吸えるので、詐病や仮病の場合があるのも事実なんです。病院に同行するときは、職員が一対一でついていなくてはいけないので、人員が不足しているにもかかわらず職員の労力が割かれます。お金も時間もかかる。そうすると、被収容者に騙されて連れていかれたくないから、どうせまた仮病だろうと考えてしまう。収容されている間は外で犯罪に遭う危険はないし、何か病気にかかったのでなければ、むしろ中でおとなしくしていれば大丈夫だと、職員が考えてしまっているのでしょう。

入管職員の労働環境・過重負担

例えば、皆さんがレストランやデパートを経営していて、お客がたくさん来たら、その分大変にはなるけれど、売上は上がりますよね。でも公務員は何人来ようと、どんなに混んでいても、同じ給料です。そして入管はものすごく混んでいます。業務が大変なのに給料が変わらなければ、職員もイライラしてくる。どこの入管のどこの部門でも職員のストレスがあると思います。そのストレスが弱い立場の外国人に向かってしまうのです。

渡邉祐樹さん
▲入管職員時の渡邉祐樹さん

(3)収容終了時の問題を知る

ーー“無期限収容”とはなんですか?

日本の入管の収容には期限がありません。刑事罰でも有期懲役なら、定められた期間だけ刑務所にいれば出所できるという目標がありますが、入管の収容はいつ出られるかわからない。これは本人たちにとってかなり絶望的だと思います。

なぜそんなことになるのかというと、懲役が身体拘束の刑罰であるのに対して、入管の収容はそもそも刑罰ではなく、帰る準備のためだからです。帰るまでいなさい、出たいのだったら祖国へ帰りなさいということであって、何年かいて罪を償いなさいという訳ではないので、その趣旨からすれば最初から期間を区切って決める方が逆におかしいという帰結になります。

ーー“仮放免制度”とはなんですか?

日本は“全件収容主義”を採っていますが、全員が収容されているわけではありません。収容を一時的に停止して、収容者の身柄拘束を解く、または最初から一度も収容しないという“仮放免制度”があります。ですから、在留資格がなくても、仮放免を受けて外にいらっしゃる方は、その都道府県からは出られないなど一定の制約はありますが、ある程度自由に生活されている方もいます。

ただ、収容が原則で、仮放免はあくまでも入管の恩情的な措置ですので、仮放免を許可するか否かの判断は入管側の裁量です(注1)。そのため一定の基準があるわけではなく、被収容者ごとに個別的な判断が下されます。そして裁量であるために、許可・不許可の理由は被収容者に知らされません。説明さえあれば、諦めるなり対策を立てるなりできるでしょうが、理由を教えてくれないから、また申請すれば出られるかもと思って、1回ダメでも何度でも申請します。繰り返し申請し、1年ぐらい経過してやっと、収容が長期化したという理由で入管が仮放免を認めるのが実態です。

注1)長期収容の1つの要因として仮放免制度の運用の問題がある。許可不許可の審査は入管側によって行われ、判断基準が法律上明記されていないことや司法による審査の仕組みがない等の問題点があるとされている。

(4)入管改革への道を知る

ーー入管職員の意識は今、変化してきていますか?

昔は酷い態度をとる人たちがとがめられずに幅を利かせてるような雰囲気がありましたが、今は殴るのは許されないこととして、もし殴ってしまう人がいたら、その人は居づらくなるような雰囲気になっていると聞いています。

ただ、入管に問題意識を持っている職員が増えたからといって組織全体が変わるわけではなくて、上層部の意識によって方針が決まってしまうそうです。入管の外国人に対する対応も、現場の一人一人が問題だと思っていても、現場から変えられるわけではない。だから、入管はもう内部からは変えられない外から圧力をかけていくしかないと私は思っています

ーー入管改革に必要なことは何でしょう?

・市民の偏見を是正

入管が変わるためにはやっぱり世論が必要です。ウィシュマさんの件でも、「帰国しなくてはいけないのに帰国しないお前が悪い」というコメントを見ました。在留資格のない滞在者に対して市民は、法を犯した人すなわち犯罪者というイメージを持っていると思います。確かに、中には本当に極悪人もいますが、自分に責任がなく在留資格がないという人もいます。在留資格のない両親から生まれた子どもや、幼い時に親に連れてこられてそのままオーバーステイになった方、日本に来て難民認定されない方や、また日本人にだまされてオーバーステイになってしまう方などもいます。

例えば、外国人を雇っていたある建設会社の話があります。日本に到着したら雇い主が最初にパスポートを回収し、外国人に自分が代わりにまとめてビザの更新をすると伝えます。しかし実際は更新せずに、半年ぐらい働かせた後、少し遠くの現場に行くと言って外国人をバスに乗せて、入管に連れていきます。「入管さん、みんなオーバーステイなので捕まえてください」と。入管にしてみれば、パスポートを見たらオーバーステイなので、全員収容することになる。そして外国人は泣き寝入りせざるを得ないんです。

市民に「在留資格がない方=犯罪者」じゃないともっと知ってもらう必要があると思います。

・入管訴訟で司法判断を引き出す

入管法が改変されるのが延期されたように、国や入管も世論を意識しています。そして現場の職員自身も、自分たちのやっていることに矛盾を感じながらやってると思います。ただやっぱり入管上層部の意識が変わらないと、同じことを繰り返してしまいます。世間の意識は変わってきていると思いますが、まだ上層部の意向を変えるほど決定的ではないと思います。

やはり国家賠償請求訴訟で勝訴しないと、『やっぱり入管のやったことは問題なかった』となって世間の意識も変わらないと思います。勝訴すれば、入管のやっていることは違法だった、不適切だったということを示すことになり、判決が大々的に報道されることによって入管がしたことは間違いだったと市民も知りますよね。犠牲になった外国人の方も自業自得ではないことを世間に知ってもらう手段になると思います。

取材後記 ー私たちが学んだことー

取材を行ううちに、自分が目にしないところで苦しんでいる方々の存在が、一気に具体性を帯びて浮かび上がってきた。渡邉さんの語りから見えてきたのは、自己責任とは到底言えない境遇の外国人の方々が、入管施設で劣悪な環境に置かれていること。そして入管職員の方も、問題のある制度に従って働くうちに感覚が麻痺する側面があること。「誰が悪い」に帰することのできない、制度に端を発する根深い問題が浮き彫りになった。

私はこのとき初めて、入管制度は変わらなければならないと、本気で共感できた。

そして、渡邉さんへのインタビューを通じて特に印象的だったのが、入管は内部の職員には変えられない、改革には世論の後押しが必要なのだと、ひときわ力強くおっしゃっていたことだ。この国の制度を変えるのは、他でもない私たち自身だ。自分とは関係ない「誰か」の問題だからどうでもいい、どうせ自分には何もできないと思うのを止める、私たち一人一人の意識変革こそが、入管改革への一歩に繋がる。

取材・⽂/島田学、高島朝海(CALL4・2022年夏期インターン生)
編集/丸山央里絵(CALL4)
5分でわかる入管法 ~入管制度を知ろう!~【CALL4インターン生企画】

「入管って何?」「ニュースで聞くけどよく知らない…」「日本人の私には関係ないのかな…?」--そんな疑問を持つ方に向けて、入管法の仕組みが5分でわかる動画を制作しました。日本の法律であり、その対象となる外国人ではなく、日本人でしか変えることのできない入管法。この動画を通じて、入管のことを「他人ごと」で終わらせず、理解を深める一歩を踏み出してみませんか?