2022.10.25

<インターン生企画>僕が公共訴訟の“原告”になった理由

[interview]鈴木げん(俺裁判・原告)

 3075人ーーこの数字は我が国における弁護士1人あたりの国民数である(※注1、2019年時点)。
アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスではいずれも1000人を下回っていることを踏まえると、日本は先進国の中では人口あたりの弁護士の数が少ないと言える。ここからCALL4夏期インターン生の私たちは、日本では弁護士の供給が足りておらず、結果として市民にとって司法へのアクセスが縁遠いものであるのではないか。世の中を変えるための裁判を起こそうと思っているにもかかわらず、何かしらの事情を抱えて起こすことが出来ない人がかなりいるのではないかという問題意識を抱いた。

 そこで、私たちは公共訴訟の原告になる人とそうではない人を分けている要因は何かを探るべく、「オペなしで!戸籍上も『俺』になりたい裁判」(以下、「俺裁判」)の原告である鈴木げんさんに話を伺った。裁判を起こすに至った経緯や直面した問題、げんさんにとってのCALL4が果たしている役割を踏まえつつ、一体何が裁判へのハードルをあげているのかを考えたい。公共訴訟を起こそうと考えている方や原告を支援しようとする皆さんにとって、考えるヒントになれば幸いである。

注1)出典元:弁護士白書 2019年版

▲インタビューに答える鈴木げんさん

げんさんが「俺裁判」を起こした理由

 げんさんは、浜松市の山中に暮らし竹製かばんをつくる職人だ。幼い頃から自分が「女の子」であることに違和感を抱きながら暮らしてきて、30代後半に男性としての性自認をはっきり自覚するに至ったトランスジェンダー男性である。現在は、女性とパートナーシップ宣誓をし、夫婦として仲睦まじく暮らしている。

 げんさんは、ホルモン療法と胸オペを行ない、外見も自らが望む姿に近づいた。しかし彼の戸籍上の扱いはいまだに女性のままだ。男性として生きていきたいという彼の希望を阻むのが、「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律(以下、特例法)」における「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」(第3条1項4号)という要件(以下、4号要件)だ。この要件を満たすためには、卵巣等を摘出する外科手術等が必要であり、心身の面や金銭面で多大な負担が生じる(※注2)。また、摘出手術を経ても外見が変化することはない。ゆえに、げんさんにとって、この手術は必要ないのだ。

※注2)例えば、性同一性障害の治療である性別適合手術は保険適用ができないため、費用には100万円以上はかかると言われている。詳細は、こちらのページを参照

▲げんさんとパートナーの良子さん

 今回問題となっている特例法の4号要件は、トランスジェンダー男性であるげんさんの場合、卵巣の摘出(なお子宮は摘出対象に含まれない)を意味する。他方、日本において同性婚はまだ認められていない。したがって、げんさんが良子さんと結婚するためには、卵巣を摘出したうえで、戸籍の性別を変更するほかに手段はない。

もっとも、この4号要件は国家が個人の身体のあり方を規定し、憲法違反ではないか、という批判が強く、トランスジェンダー当事者からも撤廃が望まれている条文である。実際に、スウェーデンやオランダのように同様の要件を撤廃する法改正がなされた国も増えてきている。そんな中、彼は裁判という手段によって、この法律を変えようとしている。

▲「オペなしで!戸籍上も『俺』になりたい裁判」のCALL4ページはこちら

 とはいえ、当初、彼自身も裁判の原告になるつもりはなかったという。

げんさん:「4号要件含め、特例法が今後ずっと変わらない、ということはありえないと思っている。それでも、僕はもともと自分自身が裁判をする必要性を感じていなくて、むしろ誰かがやってくれるのを待っていた。なぜかというと、10年くらい前には、LGBTに関して日本社会も変わっていくという期待感があったから。

 例えば、東京五輪開催が決まったあとに超党派の議連ができたり、各国首脳によるソチ五輪開会式ボイコットがメディアで取り上げられたり。だから、ひょっとすると特例法の改正も近いうちになされるんじゃないかと思っていた。でも、2022年になっても差別禁止の法律もつくられず、同性婚もできず、選択的夫婦別姓制度も認められないまま。誰かが何かをやるのを待っているだけでは、社会って何も変わらないって感じるようになった(※注3)。

 ただこの事件は、事柄の性質上、若い世代のトランスジェンダー当事者が声をあげるというのはどうしても難しかったと思う(※注4)。たまたま自分はそういう世代でもないし、幸い周囲の理解もあるし、声をあげることのできる環境があった。だから今回、自分にできることとして、裁判という手段を選択した。やっぱり次の世代の当事者に同じ苦労はさせたくないから」

注3)近年、この4号要件について、最高裁は憲法13条、14条1項に反しないと判断した。(最決平成31年1月23日集民261号1頁)。しかし同決定は、4号要件の憲法適合性について不断の検討を要するとしたほか、補足意見において、現時点では憲法13条に違反するとまではいえないもののその疑いが生じている、と指摘されている。

※注4)例えば、金銭的に余裕があまりない大学生にとって、成人後性別適合手術を受けられても、大きな金銭的ストレスを抱えたりする。また、訴訟など公共の場に出ることはカミングアウトを強制されることでもあるため、親や友人へのアウティングに繋がったり、就活などに影響がでたり、様々な困難が考えられる。

げんさんにとってのCALL4の存在

▲コラムのインタビューを行っているCALL4インターン生

 そうして裁判を起こすと決めたげんさん。裁判を起こすと決めてから、弁護士を探し歩き、申立てにこぎつけることができた。しかし、いざ申立てをした後に、訴訟活動に充てる金銭をどう工面するかという問題に直面した。その時、担当の水谷弁護士と堀江弁護士の紹介でCALL4の存在を知った。

“―げんさんの訴訟活動にとって、CALL4はどのように役に立っていますか?”

クラウドファンディングサイトとして

 訴訟活動をするためには多くの資金が必要だ。一般的に、裁判を有利に展開していこうとすると、弁護士への報酬のほか、証拠の収集に高額の費用がかかることが多い。げんさんの事件においては弁護士への報酬はないものの、わが国の法制度の問題点を説得的に主張するために海外の文献や法学者の意見書を使用しており、これによって文献の翻訳料や意見書の執筆代等に多くの支出を伴う。このような背景から、クラファンを通して資金調達をすることが出来れば、原告団は資金面での心配を減らすことが出来る。

 さらにCALL4のクラファンの特徴としては、寄付者が自分の寄付したい金額を原告等に全額渡すことが可能であり、また原告等への寄付とは別枠でCALL4自体に寄付することも任意に選択出来ることがあげられる。手数料の形で一定の割合を運営団体に回す多くのクラファンサイトとは対照的だ。

原告の声を届けるメディアとして

 また、もう一つの障壁としてげんさんをはじめとする原告たちを悩ませるのが、ネット上でのヘイト・誹謗中傷だ。公共の場に出る当事者は、危険や心理的負担と常に隣り合わせの状態なのである。げんさんによれば、過去にほかの活動団体が特例法に関して当事者向けにアンケートを取ったところ、1週間程で当事者の意見数をはるかに超える差別的な回答が返ってきた事例もあるそうだ。今回の裁判の協力者たちも、ネット空間での発信は慎重だ。
そうした当事者にかわり、CALL4は事件に関する情報の発信を引き受けている。

良子さん:「なるべくネットから離れたいから、裁判のツイッターはしてないんです。実はアカウントも持ってないです。CALL4で公式に声を上げる場所があるから、あえて自分たちがこまごまやらなくてもいいからありがたい。あえて自分たちが危険を冒さなくても、ここ見たら情報が全部集約されているから。いまね、賛同してくれた人の声を集めたサイトも作ってるけど、資料や詳細はCALL4に飛ぶもんね」

 さらに、CALL4は今まで多くのケースを掲載してきた。その際に構築されてきたフォロワーや支援者のネットワークを最大限に活用し、興味を持ってくれたり、共感してくれたりする人に声を届けやすくすることができる。プロのカメラマンや経験のあるライターなどとともに、ストーリー記事を作成し、支援の輪をさらに広げていく。

▲インタビューに応えるパートナーの良子さん

訴訟は一人だけじゃなく、仲間と起こすもの

 いまでこそ原告となったげんさん自身も、もともとは法律・裁判から遠い人だったという。

げんさん:「正直ね、法律と憲法の違いが、どこまでのものかすら分からなかった。今回の事件と同じ平成31年決定もそうだけれど、憲法違反というのがどういう仕組みの話をしているのかすら、わかってなかった」

 このコラムの読者の中にも、法律・裁判への距離感ゆえに、かつてのげんさんのように、現状に疑問を持ちつつも法律は難解なものと諦めてしまっている人もいるのではないだろうか。

 それでも裁判を起こすことにしたげんさんが、今後原告になるかもしれない人に伝えたいこと。それは、「仲間をつくる」ということである。

げんさん:「やっぱり、原告と弁護団だけで動くのはもったいない。広がりを持って、面でみせるような運動になった方が知ってくれる人も増えるし、それが公共の意味だと思う」

 現状に疑問を抱えていても、俺裁判に限らず、公共訴訟一般について、さまざまな原因で裁判を起こすハードルが高い。裁判には時間がかかるし、名前の公表に抵抗を感じる人もいる。

 だが、げんさんの周りには、原告にならずとも社会を変えようと動くメンバーがいる。支援チームとして、事務作業やイベントの企画や出展、様々なチラシやグッズの作成など、一緒に考えて動いてくれる。げんさんは、そんな多くの仲間に支えられて、自分は「原告」という役割を引き受けていると考えていると話す。声を上げているのは、げんさんだけではないのだ。

▲げんさんは仲間たちと社会運動の一環として、俺裁判のロゴとレインボーがついたグッズを販売している。グッズ販売の他にも、賛同メッセージを集めたり、法律をよく知らない人にも読んでもらえるようなチラシを作成したり、支援のお礼として大学生が絵を描いてくれたオリジナルポストカードを送ったりしている。

 では、どうやって仲間を作ればよいのだろうか?
このことを考える上で、私たちはげんさんのコメントを想起した。

げんさん:「できる人ができることをやればいい」

 私たちは、一から十まで裁判を原告だけで進める必要はないということをげんさんと良子さんから学んだ。それぞれが出来ることをすることで、裁判を起こし前に進むことは可能なのだ。

 今、私たちがインターンとして関わっているCALL4も公共訴訟の仲間の一員だ。あなたが公共訴訟を起こすなら、CALL4も支援する。そして、それぞれがそれぞれにできることをすることで、また新たな仲間も生まれる。
だから、裁判を起こすことを怖がらないでほしい。
あなたは決して一人じゃない。

▲インタビュー後の集合写真

文:市川智也・柏美宇・我那覇寛乃・酒匂のどか・谷口雄太・前田健吾(CALL4 2022年夏期インターン生)
撮影:市川智也
編集:丸山央里絵(CALL4)