悩みと、ヒントと、これからと。原告になる、ということ
2025年9月27、28日に東京のSHIBAURA HOUSEで開催された6周年記念CALL4フェス。当日は公共訴訟に関心を寄せる多くの方々が、会場に足を運んでくださいました。
DAY1のタイトルは「ともに悩み、ともに挑む、公共訴訟、最前線!」。公共訴訟の最前線で奮闘する弁護士、公共訴訟の役割を社会に伝える担い手、そして原告の方々による3つのトークセッションの様子を3回に分けてレポートします。
Part3:「悩みと、ヒントと、これからと。原告になる、ということ」
公共訴訟は声をあげる原告が存在することで、初めて社会に問いを投げかけることができます。しかし原告になることには、大きな負担も伴います。
DAY1最後のセッションでは、これまでなかなか個々の裁判を超えて語られてこなかった原告の話をうかがい、その思いを受け止めながら、原告として声をあげることについて考える場をひらきます。
大澤 暁さん:「神宮外苑を守ろう!訴訟〜100年の歴史と3000本超の樹木を未来へ〜」原告
飯島章太さん:「『子どもと向き合う時間がほしい』児童相談所の労働環境改善を!訴訟」原告
パパ頭さん:「教育公務員の兼業のあり方を問う訴訟」原告
司会進行:向井佑里(CALL4メンバー)

原告として立ち上がった経緯について
少なからぬ負担もあるなか、それぞれなぜ原告として立ち上がったのか。まずはその経緯と動機をうかがいました。
100年にわたって親しまれてきた緑あふれる憩いの場・神宮外苑が、市民を交えた議論も、検討・検証の機会のないまま、行政の恣意的な手続きで再開発されようとしています。神宮外苑の再開発に伴う樹木伐採の許可の取消しを求めて、計画の正当性を司法に問う訴訟です。
大澤さんは新宿区在住で、神宮外苑の再開発の問題に対し、勉強会なども企画していました。
「神宮外苑再開発反対運動は、坂本龍一さんが政治家に手紙を宛てるなど、訴訟の前から多くの著名人や専門家が参加し、関心は高まっていました。しかしメディアを通じた行政や世論への働きかけによっても再開発を止めることが難しく、提訴に至りました。話し合いの結果、やはり原告団長は新宿区の住民がよいだろうと、私が団長を務めることになりました。顔と名前を出すことでどのような影響があるか、懸念はありましたが、子どもたちの将来を思い、環境破壊を止めるために運動に関わっています」
研修制度の不備や慢性的な人員不足により、長時間労働が常態化している児童相談所。こうした問題のため、退職を余儀なくされた元職員の飯島さんが、労働環境を改善し、職員が一人一人の児童と充分に向き合える環境を整えることを目指して提起した訴訟です。
虐待などを受けた子どもを1カ月ほど保護する児童相談所の一時保護所で働き始めた飯島さんは、職員不足が引き起こすさまざまな弊害を改善したいと働きかけました。しかし現場ではどうすることもできない、という上司の対応に限界を感じ、司法の力を借りるしかないと訴訟に踏み切ったといいます。
「働き始めてわかったのは職員が本当にいないことです。この状況をどうにかしなければと思い、問題提起するためにメディアや議員の方々にも話をしましたが、なかなか具体的な環境改善につなげることができなかったので、子どもたちのためにも、職員のためにも、改善すべき根拠をつくるために訴訟を提起しました」
教員の兼業は、法律上仕事に支障がなければ認められるはずであることから、趣味で描いていた育児漫画出版のために兼業許可申請した都立高校の教員のパパ頭さん。ところが東京都は書籍の出版を認めず、その判断基準も示しませんでした。この訴訟は東京都に対し、兼業を認めるか認めないか、基準の明確化を求めて提起されました。
本来認められるはずの兼業を不許可としたことの最大の問題。それはなぜ不許可なのか、理由や判断基準が明示されないことにより、活動が封じ込められてしまうことです。そのことへの絶望感が提訴の大きな動機になったとパパ頭さんはいいます。
「まずは職場で相談するなど、自分なりの段階を踏みましたが、大きな組織には個人に寄りそうインセンティブはありません。最終的に、相手(東京都)にも責任を持って議論の場についてもらうためには、訴訟を起こすしかないと思いました。もし自分が訴訟を提起しなければ、同じような境遇の人が悩むことは想像できたので、自分のところにカードが回ってきた時点で、声をあげられる人が声をあげたらよいのではないかと思ったことも原告になった理由のひとつです」
「自分のところにカードが回ってきた」というパパ頭さんに、「私も、もしここで自分が行動しなければ何も変わらない、これは自分の出番なのだと思って訴訟を提起したので、パパ頭さんの意見にすごく共感します」と飯島さんも同意していました。

裁判が始まって――思いや迷い、実感したこと
強い思いを持って原告になったみなさんが共通して感じているのは、裁判は想像以上に時間がかかること、それは原告側にとってかなり不利だということです。
「和解によって書籍を刊行できたので、一部、望みは叶ったものの、出版社にとってもタイミングがあります。時間が経てば(刊行の)話が流れてしまう可能性もあるように、裁判の長期化は原告にとってかなり不利に働くと思います」(パパ頭さん)
「2023年7月から係争中ですが、時間とともに工事や伐採が進んでいるのを見て、弱気になることもあります」(大澤さん)
訴訟の中で、行政という大きなシステムに対峙していると感じることが多々あることは、原告のみなさんの話に共通しています。
「たとえば期日に来る弁護士もこちらは1人、2人なのに相手は10人ほどで来るように、被告は訴訟に対し、お金も人も大量に投じていると感じます。訴訟にかけるリソースが圧倒的に違うんです。今、代理人になってくださる弁護士の方を募集しているので、お声がけいただけるとありがたいです」(大澤さん)
「地裁では、すごくよい判決を書いてもらって勝訴したのですが、千葉県が判決の数時間後に控訴しました。つまり行政は判決を受けて、何か考えて動いたわけではないんです。行政機関というのは悪意を持ってひどいことをするのではなく、ただシステムとして動いているのだと感じました」(飯島さん)
「原告は等身大の人間として悩み、夜も眠れないくらい非常にエモーショナルであるのに対し、被告はすごく無機質です。飯島さんがおっしゃるように巨大なシステムと向き合っている感じが強くあります。正直、勝っても負けてもびくともしない、底冷えするような冷たい相手に個人が向き合うことには限界があります。個人ではとてもシステムに向き合えないという無謀さを埋めてくれたのがCALL4でした」(パパ頭さん)
「私は証人尋問にも立ったのですが、自分がすごく緊張したことに加えて、やはり証人として出た当時の上司がすごくやつれているように見えたことが印象に残っています。『自分も上司に人を増やしてほしい、休めるようにしなければと話していた』というのを聞いて、彼らも被害者にほかならないと。そのことに胸を打たれました」(飯島さん)
そのような困難の中でも活動を続けられるのは、現状を変えなければならないという思いと周囲の支えだといいます。
「400人以上の専門家が再開発はおかしいと声をあげているし、国連の『ビジネスと人権作業部会』も、「この開発は人権に悪影響を与える恐れがある」という意見を寄せてくださっています。やはりこれはおかしいことだと、誰かが言い続けなければという思いで活動しています」(大澤さん)
「私はもし今、声をあげなければ死ぬときに後悔するだろう、後悔しないために原告となりました。ただ、訴訟は思いだけで続けられるものではありません。幸い今12名という大きな弁護団をはじめ、本当に多くの支えがあって、原告としてやってこれています」(飯島さん)
「子どもたちにいろいろなことを伝えるためには教員にもいろいろな経験が必要です。公務員が外の世界とつながる選択肢として、兼業は非常に有効ですし、法律でも認められています。訴訟を続ける上で自分の芯にあったのは『自分は価値がある、正しいことをしている』という気持ちです。でも、その芯が揺らぐことは多々あって、私にとってそれがいちばんしんどいことでした。そういうとき、CALL4に寄せられた支援者のコメントを読んで乗り切ることができました」(パパ頭さん)
原告となった3人のみなさんの勇気を称える会場からは、質問や熱いメッセージが寄せられました。

プレッシャーとどう向き合うか
「職場でも、実は共感している、応援しているといってくれる人もいて、CALL4のコメント欄と合わせて励みになりました。あと、月に一度の打ち合わせで、弁護士の方に訴訟の意義などを聞かせてもらっていたのですが、法的知識に基づく客観的な説明はプレッシャーをはねのける力になりました。『弁護士さんとの打ち合わせから戻ってくると元気になっている』と、妻にもいわれたように、(訴訟の)後半の弁護士さんとの打ち合わせは、カウンセラーのところに行っている感じでした(笑)」(パパ頭さん)
「一緒に運動を続けているメンバーと顔を合わせて話し合って、やっぱり自分たちのやっていることは間違っていないと確認しながら進めている状況です。あと日本では、民間企業で働いている人が訴訟をすると『この人、何しているの、大丈夫?』という風潮がまだまだあります。今後はそういうところも変えていく必要があると思います」(大澤さん)
「訴訟を提起後、記者の方にも取材していただいて嬉しかった分、プレッシャーはありましたし、仕事への被害もありました。行政と争う(私のような)人はちょっと……と距離を置く人もいましたが、そういうなかで信頼できる人たちと出会えたことは大きかったと思います」(飯島さん)

SNSとどう向き合うか
自身も原告をしていて、SNSの投稿によって鬱(うつ)になってしまった方からは、SNSとどう向き合うか、ぜひ聞きたいですという質問があがりました。
「SNSを通じて応援してくれる方もいる一方、誹謗中傷する人も多々います。誹謗中傷を真に受けると、どんどん気持ちが落ち込んで運動のためのエネルギーが削がれてしまいます。匿名の誹謗中傷はきりがないですし、向き合おうとすると、本当に心も身体ももたないので、そういうものには向き合わず、受け流すことも必要だと思います」(大澤さん)
「投稿が目に入ることで傷つくことはすごくあります。だから裁判中はちょっとでも疲れたら休もう、リフレッシュしようと、まず自分の心身をケアすることを考えました」(飯島さん)
「SNSとの正しい付き合い方は今も見いだせていません。ただおふたりもおっしゃるように、SNS上の発言に反応すると、相手の態度はますますひどくなるので、相手にしないことを徹底していました。(誹謗中傷を)スルーする精神的なタフさも必要かなとは思います」(パパ頭さん)
最後、民事裁判をよく傍聴しているという方からの、「(傍聴に行くと)原告と被告の熱量の差をいつも感じていましたが、システムとして動いている大きな組織に立ち向かう原告のみなさんはすごいと思いました。発信力のない私は、自分が傍聴席にいてよいのか思うこともありましたが、『支援をしてくれる声が力になるんです』というみなさんの話を聞いて、これからも応援していいんだと、自分の方向性を確認できました」ということばに、会場から大きな拍手が挙がりました。
原告として声をあげることには勇気が必要です。「何かおかしい」「こうしたほうがよいのでは」と思ったとき、声をあげること自体、否定されるべきではないし、価値があることだし、声をあげられることが健全な状態だと思います、と、パパ頭さんはいいます。
訴訟は原告がいなければ、提起できません。とても意義があるいっぽうで負担も大きい役割を担ってくださっている原告の方たちに対し、周囲にできるのは「私たちもそれがおかしいと思っている仲間であること」を伝えることです。
「みんなが負担を感じずに原告になることができるシステムや居場所を、CALL4としてつくっていけたらと思います」という司会者のことばで、最後のセッションは終わりました。

