終結インタビュー「セックスワークにも給付金を!訴訟」

2020年、新型コロナウィルス感染症の拡大によって経済的影響を受けた事業者への緊急支援として、国が施策した持続化給付金制度。
『セックスワークにも給付金を』訴訟は、職業差別によって給付から外された性風俗店のオーナーが、国に対して提起した訴訟だった。
提訴から最高裁の判決が出るまで4年9カ月。CALL4がサポートしている80件余りのケースで、支援者数、寄付金額とも2番目に多い注目を集めたこの訴訟は、「大多数の国民が共有する性的同義観念」から給付には理解が得られないという抽象的、主観的な理由で、原告の請求が棄却された一審に続き、二審も一審判決を全面的に踏襲。最高裁でも上告は棄却され、2025年6月16日に敗訴が確定した。
「性風俗業界についての理解が深まるなかで、自分自身もすごく変わった5年間でした。原告が声をあげたことの意味は大きかったし、職業差別を問う初の訴訟が可視化した課題を、これからも問い続けていきたいです」
そう振り返る弁護団の亀石倫子さんに、訴訟のプロセスや判決結果をどう受け止めたかなどを聞いた。
〈公共訴訟が残したもの Vol.1〉終結レポート「セックスワークにも給付金を!訴訟」
「知らない」ことが差別や偏見につながる
タトゥー裁判(※)をはじめ、これまで多くの事件に関わってきた刑事弁護人の亀石さん。
「今までも世の中から白い目で見られる側に立って弁護することが多かったので、東京の弁護団からこの話をいただいたとき、ぜひ、やりたいと思いました。性風俗業界のことは、大阪の歓楽街・飛田新地の仲居さん(※呼び込みの女性)を通じて垣間見ていたものの、当事者の方と密に接する機会はなかったので、今回は自身もセックスワーカーからオーナーになった原告のFU-KENさんをはじめ、セックスワーカーとして働く女性(キャスト)、ラブホテルやストリップ劇場の方々に直接、話を聞くことから始めました」
当事者に会い、話を聞いた亀石さんは「知らない」ことが、私たちの差別や偏見につながっていることを、身をもって知ったという。
「FU-KENさんがどれほど真剣にこの業界やキャストのことを考え、安心して働ける職場づくりに尽力してきたか。キャストの女性たちがどれほどサービス精神に溢れ、お客さんに満足してもらうために研究や努力を重ねているか。話を聞いて、性風俗業者=女性の性を売り物に搾取しているという世の中のイメージと違う現実があることを実感しました。
私のなかで強烈に残っているのは、キャストの方々の『私たちはモンスターではない』ということばです。世の中には、女性がみずからの意志でセックスワークをするはずないという思い込みがどこかにあって、自分の理解を超えた謎な人をモンスター化しがちです。でも、この仕事にやりがいや喜びを感じていると話してくれた彼女たちは、決してモンスターではありませんでした」
どういうお客さんが、どういうニーズで来るか。それがわかると、当事者へのステレオタイプなイメージも変わるのかもしれない。
「私も聞いて初めて知ったので、ほとんどの人はイメージしにくいかと思いますが、最近はセックスレス夫婦が増えていて、妻公認で来ている人もいれば、妻に先立たれた人、障害のある方など、お客さんもいろいろで、ただ抱きしめられるだけで安心し、幸せな気持ちになれるという人もいるそうです。『仕事をしてよかったと思うのは、お客さんからありがとうといってもらえることです』という彼女たちのことばは、私たちと何ら変わらないと思いました」
性風俗店同様、給付が出なかったラブホテルについても、
「経営者の方から、ホテルは設備のメンテナンス、リネンやアメニティ類の納入など出入りする業者も多く、休業は関連業者の社員の生活にも影響を及ぼすこと、掃除の仕事などはシルバー世代の生活の糧になっているという話を聞きました。
ラブホテルはエンタメ性も高く、自分の国にこうしたホテルがない外国人旅行者にも人気で、最近は女子会・パーティプランやリモートワークプランなどもあります。区別はほとんどなくなっているのに、ビジネスホテルに出る給付金がラブホテルには出ないのは本当におかしいと思いました」
※大阪のタトゥーの彫り師が医師免許持っていないという理由で摘発を受けた事件。一審の有罪判決後、二審で逆転勝訴した裁判は、訴訟費用をクラウドファンディングで集めた初の訴訟としても注目を集めた。

提訴後のミーティング風景
リアル対フィクション
当事者の話を通じて知った性風俗業界のリアルを、いかに裁判官に伝えるか。それが自分の仕事だと思った亀石さんは、実感したことをすべて書面にした。裁判では、代理人、そして原告のFU-KENさんも意見陳述している。
「裁判官は心証を見せないので、彼らがどう考えているか、判決までわかりませんでしたが、一審、二審の判決内容は裁判官に『何も伝わっていない』といわざるを得ないものでした。私たちが、生身の人間から聞いて知った性風俗業界のリアルを伝えることにこだわったのに対し、裁判官は『大多数の国民』という架空の人々が共有する性的道徳観念を持ち出したんです。被告・国側の反応は想定内でしたが、こちらのリアルに対し、フィクションで応じる相手との議論はどこまでもかみ合いませんでした」
一審の判決後、判決文にあった(性風俗業は)「本質的に不健全な営業」ということばが話題になった。
「これに対してネット上を中心に批判の声もあがりました。ただ、声を上げる人の意見が多数派とは限らない。サイレント・マジョリティはどう考えてるのかな、とも思いました」
税金を納めていないのではないか。反社会的勢力とつながっているのではないか。裁判所が「大多数の国民」とする世間が、性風俗業者には給付金が出なくてよいとする主な理由は、この2点ではないかと亀石さんはいう。
「でも、原告のお店は税金を納めているし、反社とのつながりもない。そもそも確定申告をしていないと給付金の申請はできないし、反社とのつながりがNGなら、すべての業種にそれを適用するべきです。この2点をクリアしていても給付金を出さないとすれば、残るのは職業差別だけになります。実際、私の身近でもこの訴訟は全く理解できない、税金による給付金が出ないのは仕方ないという意見があったように、このハードルは簡単には乗り越えられない高い壁だと思います」
最高裁の4人の裁判官は、従業員の尊厳ということばを持ち出し、事実上、デリヘル批判を展開して判決文を書いた。これに対し、宮川美津子裁判長は持続化給付金の主旨を踏まえ、事業の種類によって給付をしないという判断は違憲だとした。また、給付から除外することは、この業種を社会的に劣位とする評価や印象を与え、それを固定化しかねないため、慎重に検討すべきだとも記している。
「多数意見の評価は、当事者に二次被害を及ぼしかねない誤ったもので、判決には本当にがっかりしましたが、反対意見を述べた宮川裁判長のことばを聞いて、伝わる人には伝わるのだと思いました。今はひとりの反対意見だけれど、これが多数派になる日はきっと来る。私自身はそんな手ごたえを感じています」

▶︎最高裁判決文はこちらから
支援によって実現した大規模調査
裁判官がいう「大多数の国民」というフィクションに対し、リアルで対抗しようとした弁護団は、集まった寄付金で有効標本2000件の大規模な調査を実施。また、不支給の問題点について、12名の学者に専門的な見地から意見書を寄せてもらった。
「私たちが当事者を通じて知ったリアルな世界を、世間知らずといわれる裁判官にどう伝えるか。情緒ではなくデータで示そうと、調査を実施しました。あそこまで大規模な調査を実現し、多くの専門家に意見書を依頼できたのは、CALL4を通じて支援してくださった方々のおかげです。これだけ充実した立証に対し、裁判官が応じなかったこと、あそこまでやって負けたことは腑に落ちませんが、一連の訴訟資料がすべてCALL4のサイトに掲載されて、いつでも、誰でも読める状態にあることの意味はすごく大きいし、無駄なことはひとつもなかったと思っています。
経済的な支援だけでなく、傍聴に足を運ぶ、SNSで発信するなど、原告のFU-KENさんを精神的にエンパワーし、いろいろなかたちで関心を寄せてくれたおかげで、闘うことができた訴訟でした」
大切なのはこれからも声をあげていくことではないか。このケースで初めて公共訴訟に関わった亀石さんはこう続ける。
「これまで刑事事件しかやっていなくて、検察と対峙する闘いをしてきた私が役に立てるのか。最初はわかりませんでしたが、当事者とのコミュニケーションから得たものをどう法廷に持ち込み、どう訴えるか、ベースの部分で考えることは同じだな、と。
弁護団に加わらなければ、『LEDGE』に関わることもなかったかもしれず、その意味で、私にとっても大きな訴訟でした。最後の最後に得た、宮川裁判長の反対意見は次に踏み出すための希望の光で、この意見が多数意見になる日まで、がんばりましょうと呼びかけたいです」
