「性風俗産業は国に差別されてもしょうがない?」
『セックスワークisワーク』をめぐる訴訟に至るまで(前編)
(後編:「性を扱う仕事とは何か?訴訟をきっかけに考えたい」)
「これは性風俗業界に対する差別で、『スティグマからの解放訴訟』を起こすのだな」
原告の話を聞くまでは、そんな風に平面で考えていた。この訴訟は性風俗業界に対する「社会的スティグマ」を取り払おうとする訴訟なのだと。
スティグマとは特定の属性の個人・集団に対して付される差別や偏見の「烙印」のことだ。
「性風俗関連特殊営業」が、COVID-19の下での「持続化給付金」及び「家賃支援給付金」の対象から外された。
「COVID-19の影響を受けた中小企業等・個人事業者の事業継続を支える」という目的で給付が始まったはずの最大200万円の持続化のための支援も、家賃の支援も、「性風俗関連特殊営業」を行う中小企業は受けられなかった。
その理由を、参議院の答弁で国は「これまで公的な金融支援及び国の補助制度の対象外としてきたから」と答え、中小企業庁も「これまで給付金の対象から外してきたこととの整合性」と言った。つまりは「前例を踏襲」ということだった。
派遣型のファッションヘルスを経営する原告は、給付を受けられなかったこと(とその根拠である規程)が、憲法14条1項の「法の下の平等」に違反するとして、国を訴える。これは「職業選択の自由」(憲法22条1項)に深くかかわる問題でもある。
経営者としてキャストや従業員を支える日々
性風俗産業(性風俗関連特殊営業)には幅広い業種がある。
中でも業界の多数を占めるのが、性交(「本番行為」)を伴わないファッションヘルスだ。無店舗型(派遣型)のいわゆる「デリバリーヘルス(デリヘル)」が最も多く、届出営業所数で見ると、店舗型のヘルスが780件に対し派遣型のヘルスは2万件以上ある(2017年)。
原告の事業も、無店舗型ファッションヘルスとして風営法上の届出をしている。性的サービスを提供する「キャスト」が事務所で待機し、予約が入ったら出かけるという一般的なデリヘルだ。業界では小規模なデリヘルだという。
「私がデリヘルの経営を始めて、しばらく経ちます」
訴訟に向けた弁護団会議に同席した。原告のほかに支援者も出席していた。原告は、丁寧に話し、丁寧に聞く人だった。
「私自身、もともとデリヘルで風俗嬢のキャストとして働いていました」
「最初に勤めたデリヘルが、キャスト出身の女性が経営するお店でした。同じようにキャスト出身で、女性で、経営を始めたという彼女の影響もあって、私も自分もお店をやろうかなと思うようになりました。しばらくキャストとして働いた後、独立のような形で、自分のデリヘル店を作りました」
「経営を続ける中でキャストも増えてきた。従業員も雇っている。簡単にやめられないし、キャストのことを考えてもやめたくないと思っています。お店があることでキャストが守られている部分もあると思っているので」
COVID-19 (新型コロナウィルス)がやってきて
「でも、コロナが来てからは本当に大変で、お店を続けていけるのか不安でした。今でも不安です」
原告はこの半年の状況を話す。
「お店は3月から徐々に売り上げが減り出して、4月は休業要請に応えて休業したので、売り上げは8割減まで落ち込みました。5月以降は7割減、6割減と推移し、やっと7月に3割減くらいにまで戻したところです」
「お客さんも来ないし、お店で働くキャストも来られなくなった。昼の仕事に移る人もいたし、兼業している人の中にはお休みする人も多かった。出稼ぎで遠方から来ていた人も、遠距離の移動が難しくなった。緊急事態宣言の前後は世間がピリピリしていて、『出勤したら叩かれるのでは』と不安になるキャストもいました」
キャストたちを束ねて営業する事業者の経営が厳しくなることで、働くキャストの側も厳しい状態になってきていると原告は言う。
COVID-19関連の助成金の中には、従業員の雇用を維持するための「雇用調整助成金」や、一斉休校の影響を受けた保護者を支援する「小学校休業等対応助成金」もあったが、これらの助成金も、当初は、性風俗業界を「公金を投じるのにふさわしくない」と支援から除外していた。
ところが要望を受けて4月に運用の見直しがなされ、性風俗業界も助成対象になった。
「追い詰められていたときだったので、見直しがあってとても助かりました。おかげで従業員に給料を払えたし、お店を閉めなくて済んだ。特に雇用調整助成金には、経営的にも精神的にもかなり救われました」
とはいえ、経営のためには人件費だけでなく、広告費や家賃、車代、交通費、遠方からの出稼ぎキャストの寮費などがかかる。雇用調整助成金だけではとうてい売り上げ減を埋められない。
「第一波は何とか、しのいだけれど、第二波、第三波を思うとどうなるか。今後の経営の判断がすごく厳しい。私はできるだけ長く、スタッフやキャストとの契約を切らずに続けたいと思っているけど、感染が出るのも怖い。自分で休業の決断をするのが辛いです」
「まわりでも何十件と閉店しました。グループ店の支店がなくなったところもあります。やっぱり一番大変なときに、まとまった金額が給付される持続化給付金と家賃の支援が受けられなかったことは大きかった」
全国で持続化給付金の給付対象外とされたのは、性風俗業界のほか、公共法人、政治団体、宗教団体のみだった。
「これは差別なのだろうか?」
「今回のことでまず思ったのは、もらえなかった理由が分からない、ということでした」
「国会などで言われているのは、反社会勢力とつながっていて、犯罪が多く起こっているとか。これまでの給付金との整合性とかです。でも私の店は反社会勢力ともつながってない」
性風俗業界の事業であることを理由に制限を受けたことは、今までもあったと原告はいう。
「たとえば、銀行の法人口座が作れないとか、審査に落ちるとか。ほかにも、電話応対を勉強したいなと思って電話応対のセミナーに申し込んだときに、『風俗業の人は参加できません』と断られたこともあった。そのときにはちょっとショックでしたが、企業側にも選ぶ自由はあるだろうと納得はしていました。うちの店だってお客さんを選びますし」
「でも、国がそういうことをするというのは話が違うよなと思いました。私は納税しているし、国民だし。適法に設立した法人だし」
「4月ごろは、世の中みんなが辛かった。そういう状況で、自分たちの業種だけは別ですと言われたのは、けっこうショックでした」
それでも、「はじめは『いつものことか』と思ったんです」と原告。
「それが差別であるとは、すぐには思わなかった。でも、小学校休業の助成金が性風俗業界に給付されなかったとき、風俗業界の支援団体が国に要望書を出してくれて、そこに『職業差別』という言葉があって、『あ、これは職業差別なのか』と気づいたんです」
「スティグマ」という言葉に行き着くまで
「風俗業界で働くことに対しては、今までずっと、もやもやした感情がありました。この仕事はしてていいんだろうか、とか、この仕事してるのに恋愛したり結婚したりしていいんだろうか、とか。そんなことをずっと思っていました」
「でも、自分の中にある『仕事に対するもやもや』と、『国の決定』がつながるとは、考えていなかったんです。国の決定って、公平なものだと思っていたから。『いかがわしい』というような理由で何かを決定することはないと思っていたから」
「スティグマという言葉があるんだなと、最近知った」原告は、「風俗業という属性に対する差別や偏見の烙印(スティグマ)」について語る。
「今回の件を深堀りすると、スティグマという言葉に結びつくんだ、そういう言葉にできるんだなって思った」
「自分の中にもあったかもなと思います。自分の持っていたもやもやも、世間の感覚から植え付けられたものなのかもしれない、自分がもとから持っていたものなのかもしれない、でもその線引きがわからなかった。だからそれは、スティグマだったのかなと思いました」
性風俗業界は幅広く、そこで働く人たちの属性も、仕事を続ける理由も、彼ら彼女らが仕事をどう考えているかも、とても多様だ。どの職業だってそうだけれども、性風俗業界にもいろいろな人がいて、ひとくくりにはできない。
「プロとしてプライドを持って長く仕事しているワーカー」もいるし「やむを得ずその業界に入っている人」もいる。業界が労働者の権利の文脈で語られることもあるし、貧困の文脈で語られることもある。一面をとらえて語ることには慎重にならないといけない。
「業界のことを一般化はできない。でも、今回の給付金の扱いによってさらに性風俗業界へのスティグマが助長されていることは事実で、それを伝えるべきだと思いました」原告は言う。
原告がこれを差別だと分かるのに時間がかかったこと自体が、スティグマのあらわれなのだろう。
裁判を通じて「これは差別であること」をはっきりさせたい
「自分なりに『これは差別なのだろうか?根拠のあることなのかどうか?』と考えるようになってから、法律の本を読んだりしたけど、答えは分からなかった。でも、もしそこに合理的な根拠がないのだとしたら、納得できないと思った。除外された理由について、根拠があるなら欲しいと思った」
憲法14条1項の「法の下の平等」は、「事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止」する。
「法律のことを調べながら、どうすれば戦えるのかなと考えていた」と原告。
原告は、性風俗店・接待を伴う飲食店を守る活動をする「ナイト産業を守ろうの会」の一員でもあるが、6月には、「ナイト産業を守ろうの会」から中小企業庁に対して、陳情書と署名簿を提出した。
「でも、政治に対して働きかけるうちに、政治家だけじゃなく、世間に対して広く伝えていかなければいけないと思うようになりました」
「働きかけをしていたころに、憲法学者の木村草太先生が、学校のブラック校則問題の流れで、憲法訴訟のいいところは一人でも戦えるところだ、というようなことを言っているのを見た。それにハッとしました」
「私は、『この扱いは差別なのか』という個人的な疑問に答えがほしいと思っていた。でも、差別って、大多数が決めたのであれば許されるものではないんだな、一人でも戦っていいんだなと思った。私もそこに違和感を持っていたんだなと思った」
「声を上げていいのだと思った。『この扱いは許されない差別なのだ』ということを、裁判を通じてはっきりさせたいと思った。そして、『業界を合理的な根拠もなく差別しないでほしい』という思いに行き着きました」
この訴訟は「スティグマからの解放訴訟」である。しかし単に「性風俗業界に対するスティグマを取り払おうとする訴訟」というだけではない。その中には、「私たちの中にもあるスティグマを明らかにする訴訟」も含んでいる。
取材・文/原口侑子(Yuko Haraguchi)
撮影/安木崇(Takashi Yasuki)
編集/杜多真衣(Mai Toda)