終結レポート「セックスワークにも給付金を!訴訟」

2020年、新型コロナウィルス感染症の拡大によって経済的影響を受けた事業者への緊急支援として、国が施策した持続化給付金制度。
2025年6月16日に敗訴が確定した『セックスワークにも給付金を』訴訟は、職業差別によって給付から外された性風俗店(デリバリー・ヘルス)のオーナーが、国に対して提起した訴訟でした。
4年9カ月に亘ったたたかいはどのようなものだったのか、社会に何を残したのかをレポートします。
目次
タイムライン 〜4年9カ月のおもな出来事〜

提訴から終結まで、裁判のあゆみ
‖ 原告の請求とその理由
原告(デリバリー・ヘルス事業経営者FU-KENさん)は、「持続化給付金」や「家賃支援給付金」を受けられないとする不給付要件自体が憲法14条「法の下の平等」に違反する職業差別に該当するとして、給付金の支払等を求めました。性風俗店を営む事業者を給付金の給付対象から除外するこの区別は、特定の職業に対する地位の格下げ・スティグマの押し付けにとどまらず、その助長・再生産という深刻な効果をもたらすものであって、合理的理由はない。原告はそう裁判所に訴えかけました。
▶︎原告の初回意見陳述はこちらから
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

‖ 一審・二審(主張の対立構造)
これに対して、被告は限られた財源の中で給付行政を行う以上、誰を対象としどの程度給付するかは政策的・政治的判断に委ねられるべきだとして広範な裁量の存在を強調し、納税者の理解を得られない性風俗店への給付を除外する区別も許されると主張しました。
性風俗業にも他の業種と同様に多くの従業員や取引先が存在し、その家族の生活や命がかかっていることを踏まえると、国が「この職業だけは助けない」と区別することは、命の選別であり職業差別にあたるのではないか。このような問題意識から、原告は、国の裁量は限定されるべきであり、職業の選択・遂行の自由を根本から否定するような区別については裁判所による厳格な審査が不可欠だと主張しました。とりわけ新型コロナ禍における給付は国民の生活を支える社会保障的性格を持ち、生活や命に直結する以上、なお一層慎重な判断が求められると強く訴えました。
しかし一審判決において、原告が訴えたこれらの事情は顧みられず、その区別の具体的内容が目的との関連において不合理なものかどうか、行政庁の合理的な裁量判断の範囲を超えるものではないのかどうかという緩やかな基準に照らして判断されることとなってしまいました。
裁判所は、
①「性行為は…極めて親密かつ特殊な関係」のある者との間でだけ行われるべきことが「国民の大多数」の「性的道義観念」だとし、性風俗はそれに反する
②給付は国庫からの支出により国が事業の継続を下支えする対象とするためのものであり、それを踏まえると性風俗業者への給付は、大多数の国民が共有する性的道義観念に照らして相当でないと断じて、本来の政策目的とは無関係な「納税者の理解」(国民の理解)を考慮事項として重く扱い、「合理的理由のない差別に当たるとはいえ」ないと判示しました。
▶︎一審判決文はこちらから

原告は、行政の広範な裁量を認め、緩やかな基準で差別に当たらないと判断した原判決の姿勢に真っ向から異を唱えました。
少数者が差別を受けているとの主張を受けて、それが合理的区別なのか、憲法が許さない差別なのかを裁判所が判断するときに、「大多数の国民の理解」を考慮することは、社会に存在する不当な差別感情をそのまま追認することに他ならない。職業差別、社会保障がかかっている局面なら、なおさら裁判所が行政が成した「区別」を見る目は厳しくあるべきではないのかと問いかけました。
さらに、原判決が依拠した「性的道義観念」や「大多数の国民の理解」の認定は、数十年前の、一担当者の国会答弁を根拠に作り上げられたもので、客観的資料もなく、社会の現実ともかけ離れたものだと主張しました。税金を納め、適法に事業を営む性風俗事業者を「国民の理解が得られない」という名目で差別的に扱うことは、国民の側からも求められていないはず。原告側はそう主張し、控訴審では新たに大規模な世論調査を実施。さらに原判決の問題点を指摘、「不健全」な判決の是正を求めました。
しかし、控訴審判決は原告側が控訴審で提出した主張・証拠をほとんど顧みず、一審判決を踏襲。議論は最高裁まで続くこととなりました。
▶︎二審判決文はこちらから
‖ 最高裁
原告のFU-KENさんが営むのは、性風俗関連特殊営業(風営法2条5項)のうち、いわゆるデリバリー・ヘルス、「人の住居又は人の宿泊の用に供する施設において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業で、当該役務を行う者を、その客の依頼を受けて派遣することにより営むもの」(風営法2条7項1号)です。
控訴審までは5つの類型の性風俗関連特殊営業全体を一律に給付対象から除外していることの是非が争われていました。
しかし、最高裁は、そのうちデリバリー・ヘルス業に対する給付除外のみを対象に合理性を検討しました。風営法における特殊営業に対する規制手法など現行法上の位置付けを根拠に、区別に合理性があるとした上で、さらにデリバリー・ヘルスは「その派遣する接客従業者をして、不特定の者の性的欲望を満足させるために身体的な接触を伴う役務を提供させ、その対価を受ける点に特徴があ」り、「従業者が顧客の指定する場所に出向いて上記のような役務を提供するという業務態様であることから、接客従業者の尊厳を害するおそれがあることを否定し難いものである」と指摘。
そのような特徴を持つデリバリー・ヘルスという事業について、政策的な見地から、国が公費を支出してまでその事業の継続を支えることは相当でないと判断して、給付対象から除外して区別することは、憲法が禁止する差別に当たらないと判断しました。
‖ 宮川裁判長反対意見
原告にとって希望となったのは、裁判体の一人である宮川裁判長の反対意見でした。
宮川裁判長は、コロナ禍における給付金の趣旨や目的を丁寧に整理し、事業者の事業の種類によってその給付対象から除外することに行政の大きな裁量を認めることはできないことを指摘しました。その上で、性風俗店を営む事業者を不支給対象とすることは「事業者及びその派遣する接客従業者が、あたかも社会的に見て劣位に置かれているという評価・印象を与え、あるいはそれらの固定化につながりかねない効果をもたらすおそれがある」と評価。差別に当たるかどうかの判断は性風俗店の事業者や接客従業者の社会的評価に与える影響も考慮して慎重になされければならないとして、かねてからの原告の主張に呼応しました。
規制手法の違いはあれ「風営法の規制の下で適法に営業を行っている事業者」を区別するのは「給付金の趣旨及び目的と整合しない」、「デリバリーヘルスが接客従事者の尊厳を害するおそれがあるとまでは断じられない」などど、多数意見の根拠に反駁して、公費を支出して事業の継続を支えることは相当であると判断し得る、事業の内容によって区別する合理的な理由はないとして、不支給を違憲と判断しました。
▶︎最高裁判決文はこちらから

社会への影響・インパクト
職業差別を問う初の訴訟かつ、広範な国の裁量が認められる給付行政における取り扱いを争うという難しい裁判において、原告、弁護団は主張を尽くしてきました。
結果は敗訴という形になりましたが、この裁判は、性風俗業に対する行政の差別を正面から問い直す契機となりました。同じ業界で働く人々が陳述書を通じて声を寄せ合い、支え合う輪が広がったことも大きな成果です。
(詳しくは、亀石倫子弁護士への「終結インタビュー」でご紹介しています)
さらに、原告の発信をきっかけに、性風俗と直接関わりのない人々の間にも行政や司法による差別への憤りと共感が広がりました。その広がりは、CALL4の記事(インタビューコラムやストーリー)やイベントでの取り上げを通じても後押しされ、クラウドファンディングでは1000人を超える人々から831万9,030円もの支援と600件を超える応援コメントが寄せられました。
この訴訟に関する資料はCALL4のサイトに掲載され、誰でもいつでも読むことができます。そこには、これまで可視化されてこなかった声や、広範な裁量の主張を乗り越えるヒントが残されています。今後、フィクショナルな「大多数の国民」の声に誰かが潰されそうになった時、きっとその闘いを支える重要な知見となるのではないでしょうか。
弁護団のコメント

出口かおり
コロナ禍で困っている営利事業者の中で、性風俗事業者にだけ給付しないことを国がしてよいのか、を問う訴訟でした。性風俗事業が社会で偏見にさらされがちだからこそ、国の制度の前では平等であることを裁判所に宣言してもらいたかった。この問題提起を正面から受け止めた最高裁・宮川判事の反対意見が将来の多数意見となるよう、これからも関心を持ち、考え続けたいです。

井桁大介
判決の法的な評価は研究者の方々に委ねたいと思います。代理人としては、一審以来訴え続けてきたことが宮川裁判長の反対意見に結実したことに一定の安堵を覚えつつも、唐突に持ち出された「尊厳」のある種の軽さに戸惑いを覚えます。法的に大変重みのある単語を用いるにふさわしい説明がなされておらず、補足意見も反対意見への応答として不十分に思えます。この不明瞭な判決が一人歩きしないよう、注視していきたいと思います。原告のFU-KENさんのご尽力に心より敬意を抱きます。

三宅千晶
誰も提起したことのない、しかも国を訴える訴訟で最初の原告になるという勇気や精神的負担は、本当に大変なものであったと思います。それでもFU-KENさんは、弱音を吐くこともなく、とにかくキャストのためを思って、一審以降、裁判所に対して力強い意見を伝え続けてくれました(※)。対する最高裁判所の法廷意見は、余りに不誠実なものでした。でも、今日の宮川裁判長「反対」意見は、近い将来、必ず法廷意見になるはずです。その論拠となった私たち代理人の主張や、主張を支えてくれた多くの専門家の意見やデータは、何も間違っていないからです。差別をなくそうとする人を、またいつか、この弁護団が支えたいと思います。
※CALL4の訴訟記録の「その他」のページに、FU-KENさんの意見陳述要旨が掲載されています

平 裕介
前例のない訴訟にチャレンジしてくれた原告代表者のFU-KENさん、クラウドファインディングをはじめ様々な形で「セックスワークにも給付金を」訴訟を支援してくださった皆様、本当にありがとうございました。お蔭様で、弁護団として十分な主張や立証活動を展開することができましたが、残念ながら、最高裁判決は、4名が合憲判断、1名が違憲判断というものでした。4人の裁判官は、デリバリーヘルス業へのコロナ給付金の不支給を「接客従業者の尊厳を害するおそれ」があることなどから合憲と判断しましたが、地裁・高裁では争点になっていなかった内容といえ不意打ち的であり、逆に性風俗業界で職業を営む個人の尊厳を深く傷つける理由付けでした。FU-KENさんは、自粛要請に従い、確定申告をし、風営法等に違反せず事業を行い、コロナ禍においても接客従業者の尊厳を守り抜いてきました。このことを正当に捉えた宮川美津子裁判官の違憲判断は説得的であり将来に活きるものと確信しています。私たちは、職業差別をなくために、今後も「Sexwork is work」の声をあげ続けます。

福田健治
この訴訟には多くの成果がありました。「国民からの理解が得られない」の一言で性風俗業が給付金から除外されていることが分かりました。クラウドファンディングの支援を受けて実施した世論調査は、性に対する古い価値観を皆が持っているわけではないことを示しました。政府公認の性風俗への差別が、多くのワーカーを傷つけていることが白日に晒されました。たくさんの事実が明らかにされ、セックスワークをめぐる議論を前に進めることができ、一人の勇気ある最高裁判事の反対意見につながりました。これらすべて、FU-KENさんが提訴を決断し、最後まで闘い抜いた成果です。本当にありがとうございます。この成果を、次のステージにつなげていきましょう!
※亀石倫子弁護士のコメントは、「終結インタビュー」でご紹介しています
原告からのメッセージ
コロナ禍から5年。多くの方から応援、ご支援をいただきました。それによって全力を尽くすことができました。弁護団が尽くしてくれました。心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
未曾有のパンデミックにおいて救済から唯一除外された性風俗事業者。休業要請に従い事業の継続が困難ななかでの仕打ちに大きなショックを受け、これは差別ではないかと疑問を抱き、自分の生き方に関わることだと個人的な想いで動きはじめたところから、多くの方の応援をいただきました。
そして多くの方に性風俗差別について考えていただき、性風俗の現状や働く人たちのことについて知っていただけました。
最高裁判所の結論は最悪でした。性風俗事業者にコロナ給付金を出さないことは憲法違反ではないというのが最高裁裁判官の多数意見でした。そんななかで宮川美津子裁判長は憲法違反だという意見を貫いてくれました。
これが今の時代の結果です。しかし5年後10年後には宮川裁判長の意見が多数派になるかもしれません。負け惜しみではなく、この結果は移り変わるものだと感じます。
裁判の中でこちらが伝えたかったことが4人の男性裁判官には一切伝わらず、1人の女性裁判官には全て伝わった。ここまでの差が生まれたのは、事実を伝えどれだけ言葉を尽くしても拭えない偏見を含む個々の人間が持つ価値観の表れだと思います。
憲法訴訟は一人でも闘える。人権の砦である最高裁は分かってくれるはず。そうして裁判を始めましたが、性を扱う問題は結局はそこに行き着くのかと落胆もあります。
しかし世の中の多くの人は4人の最高裁裁判官とはまた違う価値観を持っています。それは弁護団が行った大規模な世論調査に現れています。 セックスワークisワークというのは理念だけではなく現実です。日々の暮らしのため仕事をしています。営みです。生きるために働く人たちがそこにいます。
私はこれからも、自分の仕事を粛々と続けてゆきます。店の従業員とキャストが安全で働きやすい環境にいられるよう誠実に仕事をします。自分のやるべき仕事をします。そうして偏見や差別と闘い続けます。最高裁の判決を受け、ここからまたスタートなのだと感じています。
この裁判を支えてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願いします!

FU-KEN
司法の舞台で差別とたたかう 「わたし」から始まる連帯の物語(FU-KEN×鳩貝啓美×松岡宗嗣)