2022.1.18

司法は声なき人の声を代弁する“最後の砦”であってほしい

関 美和(翻訳家)

日本でも100万部を超えるベストセラーとなった『FUCTFULNESS(ファクトフルネス)』など多数のヒット本を生む人気翻訳家であり、2021年5月に設立された日本初のESG重視型グローバル・ベンチャー・キャピタル・ファンドの共同創業者でもある、関 美和さん。

CALL4掲載ケースへの寄付をきっかけに、今回のインタビューを引き受けてくださった関さんは、まだ世間的には認知度の低い“公共訴訟”を支援をした理由を、「社会にインパクトを与えることができるのではないかと考えたから」と話す。その根底には、40代になって法学部に入り直し学位を取得したという彼女の、司法に託す思いがあった。

公共訴訟は個人でなく社会が負担すべきもの

ーTwitter経由でCALL4を知ったと伺いました。

はい。「ああ、素晴らしいな」と思って感動して。今までまったくなかったプラットフォームですし、一つ一つのケースの紹介のされ方がとてもお上手だな、ストーリーや漫画で読ませるのが新しいなと思っています。

最初にツイートで流れてきたのが、寄付をしたネパール人のアルジュンさんのケース紹介でした。

そのとき、「本来これは弁護士さんだけの負担にすべきじゃない」と思ったんです。「公共訴訟を支えるのは社会全体で背負うべきコストで、個人の負担にしちゃいけない」、と。もちろん当事者へのシンパシーもありましたが、どちらかというとそんな気持ちのほうを強く感じました。

ー数ある公共訴訟の中で、「ネパール人取調べ中死亡国賠訴訟事件」を支援くださった理由は何だったのでしょうか?

まず移民や難民の方のケースに、私は強く反応する傾向があるとは思います。入管(法務省入国管理局の収容所)でのウィシュマ・サンダマリさんの事件や、外国人技能研修生の悲惨な扱いなど、差別意識を背景にした非人道的なケースがたくさんありますけれども、ネパールからの移民であるアルジュンさんのケースもそういった中の一つですよね。

本当はすごく怒りがこみ上げてくるんですけれど、でも今はなるべく怒りによって突き動かされるのではないやり方を探りたいと考えています。

▲ネパール人のアルジュンさんが検察の取調べ中、突然意識不明となり不審な死を遂げた事件。遺族が国家賠償請求を提起し、事件の真相を明らかにするよう求めている

ー関さんは長く貧困国の女性への学習支援活動を継続されています。

はい、12年前からバングラデシュのアジア女子大学の設立と運営に携わっています。今はバングラデシュだけではなく、周辺の最貧国(ネパール、ミャンマー、アフガニスタン、イエメン、スリランカなど)14カ国から900人の女子学生が全員奨学金で学んでいます。

全員が家族で初めて大学教育を受ける女性たちです。ネパールの学生も、アフガンの学生も、ロヒンギャの学生も、みんなすごく優秀で、彼女たちからたくさんのことを教わっています。それもあって、ネパール、スリランカといった国から日本にきてくださる方が傷つくのがつらいというのもすごくありました。

あとはアルジュンさんのケースは、ちょうど私が見たときは寄付の目標額100万円のうち、集まっていたのがたしか40万円ぐらい。少し寄付が集まりにくいケースなのかな?と思い、もしそうであれば、そこにお金を入れるほうが、インパクトを発揮できるのかなとも思ったんです。

司法で社会正義をかなえるための思考実験

ーインパクトですか。

以前にアメリカで提訴された、ある名誉毀損訴訟が記憶にありました。ゴシップ誌にプライバシーを侵害された原告側の支援に多大なリソースが投じられた結果、被告のゴシップ誌側が断罪され、原告が救済されたケースです。

必ずしも訴訟が制度変更につながるかどうかは分からないけれども、もしリソースがあったら勝てるケースがあるのであれば、何かできないかなとは、そのときから思っていたんです。

ー何か、といいますと?

たとえばちょっと極端な話、CALL4というプラットフォームに100億円が仮に集まったとしたら、勝てる公共訴訟が増えていくのかどうか、というところに私は興味があるんですね。リソースがあるからといって勝てるわけでもないというのは一つの真実ですが、もしかしたら少しずつ勝てるケースが増えるのかもしれないなって。

ー公共訴訟に、可能性を感じていらっしゃる?

成熟した市民社会の実現のためには、公共訴訟が行政のチェック機能として実効力を持つ必要があると考えています。ただ、そのためには勝てる可能性を高めなければなりません。

公共訴訟で原告側が勝訴する見込みが少しでも高まれば、市井の人々の意見が行政に反映される可能性が増える。もし国民の利益に反することをしたら、訴訟で負ける可能性がある、ということを行政が自覚すれば、「何が公共の利益か」を考えるインセンティブが生まれるはずだと思っています。先日の赤木さんの訴訟(※)でも、そのことを考えました。

※近畿財務局職員の赤木俊夫さんの自死は、森友学園問題で公文書の書き換えを命じられたことが原因だとして、妻の雅子さんが国に損害賠償を求めた訴訟。2021年12月15日、国が「認諾」をして、請求額約1億7千万円の支払いを受け入れ、実質的な審理に入らないままに裁判は終結した。

ーあのニュースは騒然としましたね。

賠償金がもし10億円だったら国は訴えを受け入れていたのだろうか。多額の賠償責任を行政が負う可能性が少しでもあったなら、不正を行わないインセンティブになるのだろうか、などの思いが頭を巡りました。

ーもともと司法にご関心が?

私、実は40歳を過ぎてから母校の法学部に入り直して学位を取っているんです。

アメリカの大学院で経営を学んで、合計4年間ほどアメリカで生活する中で、司法が必ずしもいつも正義をかなえてくれるわけではないけれども、やはり、“最後のよりどころ”として、時に人々の正義をかなえてくれる様子を見てきたこともあります。

ー日本でもそれを、かなえたいと。

今の日本では、なかなか国や自治体を相手にして、公共訴訟で勝つことは難しいですよね。まあ何が正義か分からない面はありますけれども、日本もそういうふうに変わればいいなという気持ちはあります。

ジャーナリズムの意義が「声なき人の声を代弁するもの」であるように、司法も時として、「声なき人の声を代弁する最後の砦」であってほしいと。

異なる境遇の、同じ尊厳を持つ人びと

私は今、大学で英語の授業を教えていて、「日本ではどのぐらい難民申請があって、どのぐらい受け入れられていると思いますか?」という質問を、よく大学生に投げかけるんです。英語でディスカッションをするクラスでは、「もっと日本は移民の方を受け入れるべきだと思うか」など、いくつかの社会的なトピックを取り上げたりもします。すると大学1、2年生では、移民を受け入れるべきではないという意見がおよそクラスの8割に及びます。

ー8割ですか。反対の理由は何なのでしょう。

典型的な理由は、たとえば「犯罪が増えるだろう」「近隣住民とのトラブルが起きるだろう」などですね。あとは、「自分は受け入れてもいいけれど、社会として受け入れる素地が今はないんじゃないか」という意見も多いです。

ただディスカッションをしたり、いろんな情報を伝えたりするうちに、意見が変わってくる学生もいます。自分と異質なものへの漠然とした恐れは、無知からくることも少なくありません。

私の限られた経験から思うのは、文化や国や歴史が違っても、人間が求めているものはそれほど変わらないということです。「人として敬意を持って扱われたい」という気持ちは、万国共通で普遍のものだと思っています。自分がマイノリティになった経験がある人ほど、そのことに気づく機会も多いのかもしれません。

ーただ日本に暮らしていると、なかなかそれを実感しにくい人も多いかもしれません。

その点、たまたまアメリカで学び、働くチャンスがあった私は幸運でした。生まれ育ったのは福岡県の炭鉱町です。日本の高度成長に取り残されて、当時は生活保護率が最も高い市のひとつでした。小学校の同級生で大学を出ている人は片手で数えられるほど。

私がこうやって教育を受けて、幸運にもお金を出せる側に今いるのは、別に自分が偉いわけでもなければ、すごい努力したからとか、優秀だからとかじゃなくて、本当に、たまたま。アルジュンさんは、たまたまそういう機会に恵まれなかった。そういうときに、私にできることがあるならするのが筋じゃないかな、とはやっぱり思うんです。

ー偶然に手にした幸運は、誰かに手渡して、社会に巡らせていくものと。

子供たちが小さい時、フィリピン人のお手伝いさんに私の家に来て助けてもらっていました。ある時、何度目かのお金の前借りを頼まれて、私は少し嫌な顔をしたのではないかと思います。黙って考えていたら、彼女がぽつりと言ったんです。「マダム、私もお金を借してくださいと頼むほうではなく、頼まれるほうになりたかった」

彼女は私と同い年で、私よりはるかに聡明で何でもできる人でした。彼女がもし私のように教育を受けていたならば、逆の立場に立っていてもおかしくなかった。だから、「たまたま」受けた幸運はお返ししなくちゃいけないとは、ずっと思っています。

せきみわ●ベンチャーキャピタリスト/翻訳家。杏林大学外国語学部准教授。投資系投資銀行に在籍中にハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。2009年より翻訳を始め、10年間で約50冊もの翻訳を手がける。訳書に『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP社、共訳)、『ZERO to ONE 君はゼロから何を生み出せるか』、『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』(いずれもNHK出版)など。2021年5月、キャシー松井氏、村上由美子氏とともに日本初のESG重視型グローバル・ベンチャー・キャピタル・ファンド「エムパワー・パートナーズ・ファンド」を創業。
文・構成/丸山央里絵(Orie Maruyama)
撮影/保田敬介(Keisuke Yasuda)