県知事の公務での護国神社参拝取りやめをー政教分離原則の違反を問うー Yamaguchi Prefecture Governor Gokoku Shrine official visit unconstitutional lawsuit

#公正な手続 #Procedural Justice
#政治参加・表現の自由 #Democracy/Freedom of Expression

現在の支援総額 Total amount of current support

178,000円 ¥ 178,000

17%

目標金額 Target amount

1,000,000円 ¥ 1,000,000

サポーター Supporter

15 人 15 supporters

支援する Support a Case

国と宗教の関わり合いに一定の限度を設ける「政教分離原則」。この訴訟で問う対象は、山口県知事による山口県護国神社の慰霊大祭への公務参拝です。戦前の軍国主義体制を支えていた護国神社に、公費を用いて参拝を行うことが、政教分離原則に反していると問うことで、個人の信仰が抑圧されたり強制されたりしない社会を実現します。 a

 はじめに  

日本国憲法

20条
1項 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。 いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2項 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3項 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

89条

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。


国と宗教の関わり合いに一定の限度を設ける「政教分離原則」。

 戦前の歴史の反省から取り入れられたこの原則について、日本史や公民などの授業で聞いたことがあるという人も、法学部で判例を勉強したことがある人もいるでしょう。 

しかし、身近に感じる人は少ないのではないでしょうか。 

この訴訟は、政教分離原則に違反する行為を問うことで、政教分離原則が守られるように、そして、個人の信教、また思想や良心が抑圧されたり強制されたりしないようにするための訴訟です。


 事案の概要 

山口県知事が山口県護国神社の慰霊大祭に公務として参拝し、公費を費やしていること

山口県知事は、毎春・毎秋、山口県護国神社の慰霊大祭に、公務として公費を費やして参拝しています。知事らの公務参拝は、年に2回行われ、各4名が参拝しています。昨年、春の1回分の交通費は990円でした。

護国神社は、靖国神社と同じく、国家(天皇)のために亡くなったとする人を祀る神社であり、戦前には、国家神道、すなわち国家と宗教が結びつき軍国主義体制を支えていた宗教的軍事施設です。

その神社に公務、すなわち、私人としての立場ではなく自治体の代表として参拝している点に、政教分離原則違反の問題があります。

また、他の府県に目を向けると、政教分離原則の違反を理由として、護国神社への参拝を行なっていない府県があります。

実際に、2021年に原告が行なった全国調査では、護国神社のある道府県のうち、39道府県が回答、うち参拝していないのは32道府県、更にそのうち参拝要請があるにもかかわらず参拝しない理由として憲法違反の疑いがあると回答したのが7府県でした。

そんな中、山口県では、県民からの公務参拝停止の度重なる要請にも関わらず、護国神社への参拝が違憲であるとの裁判所の判断がないという理由で公務参拝を行っているのです。


▲原告が2021年に実施した公務参拝に関する全国調査の結果報告書。


訴訟に至る経緯〜信教の自由を求める闘いの歴史〜

上記の山口県知事の行為に対して、訴訟提起に至るには、ある訴訟から続く、信教の自由を求める闘いの歴史がありました。

その訴訟とは、1973年に提訴された、山口自衛官合祀拒否訴訟(以下「合祀拒否訴訟」)です。

合祀拒否訴訟は、公務死した自衛官の、妻の中谷康子さんが拒否したのにもかかわらず、山口県護国神社と自衛隊が共謀し、夫を勝手に合祀したことの違憲・違法を問うた裁判でした。

この訴訟では、1審、2審では中谷さんの宗教上の人格権が認められ勝訴したものの、1988年に最高裁で逆転敗訴しており、中谷さんの夫は合祀されたままとなっていました。

最高裁では、①合祀行為が国の行為とされなかったこと、②自己の信仰生活が害されたことによる不快感に対して損害賠償などを認めることは、かえって相手方の信教の自由を害することになるため、合祀を望んだ別の遺族や山口県護国神社に対して原告は「寛容」であるべきという理由で原告敗訴とされました。

この最高裁の不当敗訴判決を受けて立ち上げられたのが、「『合祀いやです』少数者の人権を求める会」(以下、「求める会」)です。「求める会」は、思想・良心(憲法第19条)と信教(憲法第20条)の自由の実現を期して、毎年、最高裁判決の日近くで「自衛官合祀拒否訴訟最高裁不当判決抗議集会」を開催するとともに、合祀取り下げを求める活動を行なってきました。そして近年は、様々な内心の自由の侵害行為を監視し是正する活動も行っています。

中谷さんの闘いは、山口県が、中谷さんの夫を護国神社に合祀したことが、国による個人の信教の自由の侵害であると訴えるものでした(最高裁では認められず)。

山口県知事の公務参拝行為も、国が宗教との関係性を踏み越えるという点で個人の信教の自由を侵害しうるものであり、加えて、参拝の対象は山口県護国神社によって、中谷さんの夫を含め祀られている英霊であり軍神です。

そのため、知事の公務参拝行為は、中谷さんの闘いと、その後も中谷さんと共に合祀取り下げを求め続けてきた「求める会」の思いを踏みにじるものであり、原告にとって到底放置してはおけないものでした。


▲『自衛官合祀拒否訴訟全国連絡会ニュース』1982年9月21日

公務参拝行為に対して、原告らは、知事に参拝停止の要望書を出すなど停止に向けた活動を行いましたが、知事が参拝を停止することはなかったので、訴訟に踏み切ることにしたのです。


原告が本訴訟を通じて実現したいこと

訴訟を通して、護国神社や靖国神社の正体を人々に知らせ、内心の自由を考える機会を提供することで、一人ひとりが「自分」を取り戻し、ひいては蔓延している内心の自由の侵害の是正へと繋がっていくことを、そして憲法前文が謳う「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」をおく「国民」となることを期待しています。

具体的には、「英霊」や「遺族」という縛りによって靖国神社や護国神社に囚われている人々の解放であり、広くは未だ続く各地での自治会による神社費の徴収、また法令よりも職務命令を優先する公務員の有り様の是正です。更にそれは少し大げさに言えば、成功や所有が至上の価値とされる世界に囚われた人々の解放の実現です。


 これまでの訴訟  

直近の訴訟との違い、本訴訟の意義

政教分離原則違反を問う訴訟はこれまでにも提訴されてきており、愛媛玉串料訴訟、空知太神社事件、孔子廟訴訟で違憲判決が出されています。

これらの訴訟を通して、国または地方自治体の政教分離原則違反行為へのチェックがなされ、適切な距離を保つようにされてきたのです。

直近の政教分離訴訟としては、安倍首相靖国参拝違憲訴訟、天皇代替わりに係る即位・大嘗祭違憲訴訟と主基田違憲訴訟がありますが、一つには被侵害利益の壁、すなわち、行政の行為が憲法や法律に反していることだけではなく、その行為によって自らが身体的・精神的な損害を受けたことを、裁判所が権利侵害として認めないこと、いま一つには裁判例の壁、すなわち、過去に政教分離違反によって個人の権利侵害が判断がされた裁判例が殆どないこと、によって厳しい闘いを強いられています。

一方で、行政の行為の違法性を問う手段としては、地方自治体のお金の使途の違法性を問う住民訴訟という手法があり、この場合、被侵害利益の壁を超えることが出来るのです。

今回、「住民訴訟が提起できる」、「過去に同様の行為の違憲性が争われた裁判例がない」、「過去の政教分離訴訟の判決に照らして違憲判断を裁判所が成し得る可能性が高い」という状況が揃ったため、内心の自由の確立のために有効な訴訟だと考え提訴を決意しました。


 寄付の使いみち 

① 証人等の交通費 10万円
② 意見書費用 20万円
③ 弁護士費用 50万円
④ その他(訴訟に関連するもの) 20万円

合計100万円

上記は、第一審(山口地裁)の予算概算です。控訴審(広島高等裁判所)は、改めて目標を設定して取り組む所存です。原告は山口県民であるため、控訴審の場合は原告の交通費補助も予算化できれば幸いです。

しかし、それ以前に現在は弁護士支援に当てたく、できれば弁護団も組織したいと考えています。そのための資金繰りを優先します。


 原告の思い  

原告8名のうち、わたし(小畑太作)について記します。

わたしは、子どもの頃から、学校や地域が様々なものを押し付けてくることに疑問と反発を覚えていました。自由を求め続け、紆余曲折ありましたが、キリスト教に道を見出し、1997年に牧師になりました。

2003年に山口県に来て、同信で山口自衛官合祀拒否訴訟(以下「合祀拒否訴訟」)の元原告の中谷康子さん達と出会い、その自由への闘いを知り、関わるようになりました。そして今年2023年から、同訴訟の後を継ぐ「求める会」の代表兼事務局を務めています。

基本的人権である、信教の自由(憲法第20条)と、思想・良心の自由(憲法第19条)は、この国がかつて為した侵略戦争への反省により設置されたものであり、これを侵害する行為は基本的人権の侵害であり憲法違反です。

また、それを侵害することは、かつての侵略戦争を肯定することをも意味します。

靖国神社は、護国神社と同じく、かつての侵略戦争を正当化し美化しています。従って、国会議員らの靖国神社参拝行為に対しては、かつての被侵略国から抗議の声が上げられます。ところが、日本国民の殆どは、自らの代表のその行為を看過しています。その結果、国際社会における日本国民に対する信頼を阻害する行為ともなっています。


▲「靖国神社に英霊として祀られている宇垣纏(まとめ)中将は「玉音放送」後の8月15日夕刻、「神州の不滅を信じ、気の毒なれど余の供を命ず」と部下を道連れにして大分の海軍飛行場から特攻機で沖縄方面に向けて出撃し死んだ。写真は、そうして死んだ若者を祀る岡山県護国神社参道に建てられた慰霊碑(撮影 難波幸矢)」



▲山口県護国神社慰霊大祭での山口県知事の挨拶文。戦争被害者を繰り返し「英霊」と呼び顕彰している。


不信は新たな不信を生じ、ついには敵意へと至るのです。その結果が、留まることを知らないこの国の軍事化です。

ところが、繰り返しますが、日本国民の多くは、かつての侵略戦争の正当化と美化を主張する、国会議員らの靖国神社参拝に対して殆ど関心を持たないままです。

また、こうした世情は、これまでも、そして今も、提起されてきたいくつかの政教分離訴訟に対する裁判所の判断にも現れてしまっています。

思想・良心・信教の自由を実現することこそが、真の平和を実現することにつながるのだと思います。実際、戦争とは、その自由が制限されることによってのみ、遂行可能となるのです。


 代理人コメント 

山口県では、県民からの公務参拝を控える要請にも関わらず、護国神社への参拝が違憲であるとの裁判所の判断がないという理由で公務参拝を行ったため住民訴訟をすることになりました。

明確に違法という裁判所の判断がないからやってもいいという山口県の考えは是正されるべきであり、この訴訟がその一つの契機となってほしいと思い受任しました。


 担当弁護士 

 

田川 瞳 福岡県弁護士会 弁護士法人ピース 門司中央法律事務所


 おわりに 

皆様の支援が、原告や代理人弁護士が活動を継続していく大きな力になります。

内心の自由の侵害は目に見えず分かり難いし、且つ慣らされてしまっているのかもしれませんが、気が付いたときには手遅れなのです。戦争への道を平和への道へと変えましょう。

「合祀いやです」少数者の人権を求める会

Introduction

The Constitution of Japan

Article 20
Section 1 Freedom of religion is guaranteed to everyone. No religious organization may receive privileges or exercise political power from the state.
Section 2. No one shall be forced to participate in any religious act, celebration, ceremony or event.
Section 3 The State and its organs shall not engage in religious education or any other religious activities.

Article 89
<br>Public funds and other public property shall be expended for the use, benefit, or maintenance of religious organizations or associations, or for charitable, educational, or benevolent projects not subject to public control; or provided for that purpose.


The ``Principle of Separation of Church and State'' sets certain limits on the relationship between the state and religion.

Some people may have heard about this principle, which was adopted from reflection on prewar history, in classes such as Japanese history or civics, or studied case law in law school.

However, I think there are few people who feel close to it.

This lawsuit seeks to ensure that the principle of separation of church and state is upheld by questioning acts that violate the principle of separation of church and state, and to ensure that individuals' beliefs, thoughts, and consciences are not suppressed or coerced. .


Summary of the case

The Governor of Yamaguchi Prefecture visits the memorial service at Yamaguchi Prefecture Gokoku Shrine as part of his official duties and spends public funds.

As part of his official duties, the Governor of Yamaguchi Prefecture pays public funds to visit the Yamaguchi Prefecture Gokoku Shrine's memorial service every spring and fall. Official visits by the governor and others are held twice a year, with four people attending each visit. Last year, the transportation fee for one trip in spring was 990 yen.

Gokoku Shrine, like Yasukuni Shrine, is a shrine that enshrines those who died for the nation (the Emperor).Before the war, Gokoku Shrine was known as State Shinto, a religious military facility that supported the militaristic system in which the state and religion were linked. is.

There is a problem with the fact that he is visiting the shrine on official business, that is, as a representative of the local government rather than as a private citizen, which violates the principle of separation of church and state.

Furthermore, if we look at other prefectures, there are some prefectures that do not allow visitors to visit Gokoku Shrine due to the violation of the principle of separation of church and state.

In fact, in a nationwide survey conducted by the plaintiff in 2021, 39 of the prefectures where Gokoku Shrine is located responded, of which 32 prefectures did not visit the shrine, and there were also reasons why they did not visit the shrine despite receiving requests. Seven prefectures responded that they suspected a violation of the Constitution.

Meanwhile, in Yamaguchi Prefecture, despite repeated requests from the prefecture's citizens to stop official visits to shrines, official visits to Gokoku Shrine have not been ruled as unconstitutional by a court.


▲Report of the results of a nationwide survey on official visits conducted by the plaintiff in 2021.


Background to the lawsuit: History of the fight for religious freedom

The lawsuit against the Governor of Yamaguchi Prefecture's actions mentioned above had a history of struggle for religious freedom that began with a certain lawsuit.

The lawsuit is the Yamaguchi Self-Defense Forces Joint Enshrinement Refusal Lawsuit (hereinafter referred to as the "Joint Enshrinement Refusal Lawsuit"), which was filed in 1973.

The lawsuit to refuse joint enshrinement asks whether it is unconstitutional or illegal that Yamaguchi Prefecture Gokoku Shrine and the Self-Defense Forces colluded to enshrine her husband together without permission, despite Yasuko Nakatani, the wife of a Self-Defense Forces officer who died in the line of duty, refusing to do so. It was a trial.

Although Ms. Nakatani's religious moral rights were recognized in the first and second instances of this lawsuit and she won, the case was reversed at the Supreme Court in 1988, and Ms. Nakatani's husband remained enshrined. Ta.

The Supreme Court held that (1) the act of joint enshrinement was not considered an act of the state, and (2) granting compensation for damages for the discomfort caused by harm to one's religious life would actually harm the religious freedom of the other party. The plaintiff lost the case on the grounds that the plaintiff should be ``tolerant'' toward other bereaved families and Yamaguchi Prefecture Gokoku Shrine who wished to enshrine the deceased together.

In response to this Supreme Court's unfair defeat ruling, the ``I Don't Want to Enshrine Together'' Group for the Human Rights of Minorities (hereinafter referred to as ``The Group'') was established. With the aim of realizing freedom of thought, conscience (Article 19 of the Constitution) and religion (Article 20 of the Constitution), the ``Seek Society'' organizes a ``Supreme Court's Unjustified Judgment in the Case of Refusal to Enshrine Self-Defense Forces'' every year near the day of the Supreme Court's decision. In addition to holding "protest rallies," we have also carried out activities demanding that the joint enshrinement be withdrawn. In recent years, we have also been conducting activities to monitor and correct various acts that violate internal freedom.

Ms. Nakatani's fight was to claim that Yamaguchi Prefecture's enshrining of her husband at Gokoku Shrine was a violation of the religious freedom of individuals by the state (the Supreme Court did not approve this).

The governor of Yamaguchi Prefecture's official visit to the shrine could infringe on the religious freedom of individuals in that the state oversteps its relationship with religion. It is a heroic spirit and a god of war that is enshrined including her husband.

Therefore, the governor's official visit to the shrine tramples on Mr. Nakatani's struggle and the wishes of the ``Tsukaikai,'' which together with Mr. Nakatani has continued to call for the withdrawal of the joint enshrinement, and is something that the plaintiffs cannot afford to ignore. did.


▲“News of the National Liaison Committee for Litigation Refusal to Enshrine Self-Defense Forces” September 21, 1982

Regarding the official visit to the shrine, the plaintiffs took action to stop the visit, such as submitting a request to the governor to stop the visit, but the governor did not stop the visit, so they decided to file a lawsuit. It is.


What the plaintiff wants to achieve through this lawsuit

Through lawsuits, we can inform people about the true nature of Gokoku Shrine and Yasukuni Shrine and provide them with an opportunity to think about their inner freedom, allowing each person to regain their ``self'' and ultimately lead to correcting the widespread violation of inner freedom. I hope that Japan will become a people who have "confidence in the justice and faith of peace-loving peoples," as stated in the preamble of the Constitution.

Specifically, it is the liberation of those who are trapped in Yasukuni Shrine and Gokoku Shrine due to the bondage of ``heroic spirits'' and ``bereaved families,'' and broadly speaking, the collection of shrine fees by neighborhood associations in various places, which still continues, and the emphasis on duties rather than laws and regulations. This is a correction of the state of civil servants who give priority to orders. Furthermore, to put it a little exaggerated, it is the realization of the liberation of people who are trapped in a world where success and possessions are considered supreme values.


Previous lawsuits

Differences from recent lawsuits and significance of this lawsuit

Lawsuits alleging violations of the principle of separation of church and state have been filed in the past, with rulings of unconstitutionality being issued in the Ehime Tamakushi Fee Lawsuit, the Sorachi Shrine Lawsuit, and the Confucius Shrine Lawsuit.

Through these lawsuits, actions by the national and local governments that violate the principle of separation of church and state have been checked and an appropriate distance has been maintained.

Recent lawsuits related to the separation of church and state include Prime Minister Abe's visit to the Yasukuni Shrine unconstitutionality lawsuit, the enthronement/Daijosai unconstitutionality lawsuit regarding the replacement of the emperor, and the Sumotoda unconstitutionality lawsuit. In addition to violating the Constitution and laws, courts do not recognize physical or mental harm caused by the act as a violation of rights. We are facing a tough battle because there are almost no court precedents in the past in which violations of the separation of church and state have been found to violate the rights of individuals.

On the other hand, one way to question the illegality of administrative actions is through resident litigation, which questions the illegality of the use of money by local governments, and in this case, it is possible to overcome the barrier of infringed interests.

This time, ``a citizen lawsuit can be brought'', ``there is no precedent in the past where the unconstitutionality of a similar act was challenged'', and ``the court may be able to make a determination of unconstitutionality in light of past judgments in separation of church and state lawsuits''. Because of these circumstances, I decided to file a lawsuit because I thought it would be an effective lawsuit to establish my inner freedom.


How to use donations

① Transportation expenses for witnesses, etc. 100,000 yen ② Opinion fee 200,000 yen ③ Attorney fees 500,000 yen ④ Other (related to litigation) 200,000 yen

Total 1 million yen

The above is the approximate budget for the first instance (Yamaguchi District Court). The appellate court (Hiroshima High Court) intends to set new goals and work toward this goal. Since the plaintiff is a resident of Yamaguchi Prefecture, we would be happy if the plaintiff's transportation expenses could be budgeted for in the case of an appeal.

However, before that, I would like to use the money to support lawyers, and if possible, I would like to form a defense team as well. We will prioritize financing for this purpose.


Plaintiff's thoughts

Of the eight plaintiffs, I will write about myself (Taisaku Obata).

Ever since I was a child, I have felt doubts and resentment towards the various things that are imposed on me by my school and local community. I continued to seek freedom, and although I had many ups and downs, I found a path in Christianity and became a pastor in 1997.

I came to Yamaguchi Prefecture in 2003 and met Yasuko Nakatani and others, the former plaintiff in the Yamaguchi Self-Defense Forces Joint Enshrinement Refusal Lawsuit (hereinafter referred to as the "Harmony Refusal Lawsuit"), at the Doshin. I learned about their struggle for freedom and became involved. Ta. Since 2023, I have been serving as the representative and secretariat of the ``Seek Group,'' which is the successor to the lawsuit.

The fundamental human rights of freedom of religion (Article 20 of the Constitution) and freedom of thought and conscience (Article 19 of the Constitution) were established in response to the wars of aggression that this country had waged in the past. Any act that violates this is a violation of fundamental human rights and a violation of the Constitution.

Violating it also means affirming the war of aggression that took place in the past.

Yasukuni Shrine, like Gokoku Shrine, justifies and glorifies past wars of aggression. Therefore, the visit of members of the Diet to the Yasukuni Shrine is met with protests from countries that were once invaded. However, most Japanese people overlook the actions of their own representatives. As a result, this act undermines trust in the Japanese people in the international community.


▲ "Lieutenant General Matome Ugaki, who is enshrined as a heroic spirit at Yasukuni Shrine, told his subordinates on the evening of August 15th after the ``Gyokuon Broadcast'', ``I believe in the immortality of Shinshu, and although I feel sorry for you, I ordered you to accompany me.'' He and his companions departed from Oita Naval Air Station in a special attack aircraft toward Okinawa, where they died. The photo shows a cenotaph erected on the approach to Gokoku Shrine in Okayama Prefecture, which enshrines the young men who died in this way. (Photo by Yukiya Namba)



▲ Greetings from the Governor of Yamaguchi Prefecture at the Yamaguchi Prefecture Gokoku Shrine Memorial Festival. War victims are repeatedly referred to as ``heroic spirits'' and honored.


Distrust breeds new distrust, which eventually leads to hostility. The result is the unstoppable militarization of this country.

However, once again, many Japanese people remain largely uninterested in the visits to Yasukuni Shrine by members of the Diet who insist on justifying and glorifying the past war of aggression.

Furthermore, this social sentiment has been, and continues to be, reflected in the court decisions regarding several lawsuits for the separation of church and state that have been filed.

I believe that realizing freedom of thought, conscience, and religion will lead to the realization of true peace. In fact, war can only be waged if freedom is restricted.


Agent comment

In Yamaguchi Prefecture, despite requests from prefectural residents to refrain from official visits to shrines, a resident lawsuit was filed because they continued to visit Gokoku Shrine on the grounds that the court had not determined that such visits were unconstitutional. .

Yamaguchi Prefecture's idea that it is OK to do something because there is no clear court ruling that it is illegal needs to be corrected, and I accepted the position hoping that this lawsuit would serve as an opportunity to do so.


Attorney in charge

 

Hitomi Tagawa Fukuoka Bar Association Peace Law Firm Moji Chuo Law Office


in conclusion

Your support will be a great source of strength for the plaintiffs and their attorneys to continue their activities.

The violation of our inner freedom is invisible and difficult to understand, and we may have become accustomed to it, but by the time we realize it, it is too late. Let's change the path to war to the path to peace.

「合祀いやです」少数者の人権を求める会

「合祀いやです」少数者の人権を求める会

1973年の提起された山口自衛官合祀拒否訴訟の意義を継承し、1988年最高裁不当判決に対して抗議を訴え続け、心の自由、少数者の人権の実現を求め続けている市民団体です。
同調圧力が強いと言われる日本社会において、個人の尊厳と権利が、そして自由が確立するために共に歩みましょう!

「合祀いやです」少数者の人権を求める会  代表 小畑太作
事務局:〒755-0031山口県宇部市常盤町1-1-9日本基督教団宇部緑橋教会内
https://midoribashi.wixsite.com/5418

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