終結レポート「ジャーナリストに渡航の自由を!訴訟」
2020年1月に提訴、CALL4に掲載された「ジャーナリストに渡航の自由を!訴訟」は、2025年9月、原告側の一部勝訴というかたちで幕を閉じました。
原告となったジャーナリスト・安田純平さんが一般旅券(パスポート)を発給拒否された問題、ひいては「移動の自由」という基本的人権をめぐる問題までを社会に問いかけた本訴訟。およそ5年8か月に及んだたたかいはどのようなものだったのか、社会に何を残したのかをレポートします。
目次
タイムライン 〜5年8か月のおもな出来事〜

提訴から終結まで、裁判のあゆみ
‖ 原告の請求とその理由
ジャーナリストの安田純平さんは、取材のためトルコから内戦下のシリアに入国後、約3年4か月にわたって武装勢力に拘束されました。解放され、トルコ経由で帰国した後、2019年1月に旅券の再発給を申請しました。
しかし、国(外務省)は2018年10月24日に安田さんがトルコから5年間の入国禁止措置を受けたとし、旅券法13条が定める外務大臣又は領事官が一般旅券の発給等の制限ができる場合に当たるとして、発給を拒否しました。これが本訴訟の問題処分です。
原告である安田さんはこの処分は不当だとして、国の発給拒否処分の取り消しと一般旅券の発給の義務づけ等を求めました。
安田さんは2002年から紛争地の取材を続け、数十万人の死者と数百万人の難民を出したシリア内戦の現場で、国家による市民への弾圧の実態を記録し、報道してきました。そうした現実は、現地に赴いて取材する記者がいなければ、人々に伝わることはありません。安田さんが拘束されたのも、その取材活動の中でのことでした。
そのような背景からも原告は、この裁判は個人の旅券の問題にとどまらず、渡航の自由や報道の自由という民主主義の根幹に関わるものであると裁判所に強く訴えました。
旅券法 第13条(一般旅券の発給等の制限)
1. 外務大臣又は領事官は、一般旅券の発給又は渡航先の追加を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当する場合には、一般旅券の発給又は渡航先の追加をしないことができる。
- 渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者
- 死刑、無期若しくは長期2年以上の刑に当たる罪につき訴追されている者又はこれらの罪を犯した疑いにより逮捕状、勾引状、勾留状若しくは鑑定留置状が発せられている旨が関係機関から外務大臣に通報されている者
- 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者
- 第23条の規定により刑に処せられた者
- 旅券若しくは渡航書を偽造し、又は旅券若しくは渡航書として偽造された文書を行使し、若しくはその未遂罪を犯し、刑法 (明治40年法律第45号)第155条第1項 又は第158条 の規定により刑に処せられた者
- 国の援助等を必要とする帰国者に関する領事官の職務等に関する法律 (昭和28年法律第236号)第1条に規定する帰国者で、同法第2条第一項 の措置の対象となつたもの又は同法第3条第一項 若しくは第4条 の規定による貸付けを受けたもののうち、外国に渡航したときに公共の負担となるおそれがあるもの
- 前各号に掲げる者を除くほか、外務大臣において、著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者
2. 外務大臣は、前項第七号の認定をしようとするときは、あらかじめ法務大臣と協議しなければならない。

‖ 一審
原告は、まず事実関係について、原告はそもそもトルコ政府から入国禁止措置を受けていないと主張しました。したがって、旅券法13条1項1号の適用要件自体を満たしていないという立場です。そのうえで原告は、仮に入国禁止措置が存在したとしても、その一事をもって地球上すべての国への渡航を事実上不可能にすることは、憲法に違反すると主張しました。
具体的には、
- 一国からの入国拒否のみを理由に国外移動を一律に制限できる同条項自体が、憲法22条および13条に反する
- 仮に条文が合憲であっても、トルコを除外するなどの限定的な方法ではなく、全面的に旅券を発給しない本件処分は過度である
と主張しました。
ここで原告が示したのは、次のような法構造です。
海外渡航の自由は憲法22条および13条により保障された重要な基本的人権であり、行政上の便益ではない。
したがって、
原則として旅券は発給されるべきであり、
例外的に、合理的かつやむを得ない限度でのみ制限が許される
という「自由を原則とする構造(オプトアウト型)」を採るべきだとしました。
これに対して被告(国)は、原告がトルコから入国禁止措置を受けていることを前提に、海外渡航の自由は無制限ではなく「公共の福祉」による制約を受けると反論しました。そして、誰に旅券を発給するかは外務大臣の合理的裁量に委ねられていると主張しました。
特に、外国当局から入国を拒否されている者に旅券を発給すれば、日本と当該国との信頼関係、いわゆる「国際信義」を損なうおそれがあるとし、条文について、
13条該当者については原則発給しない
例外的に裁量で発給を認める
という「制限を原則とする構造(オプトイン型)」であると解しました。
これに対し原告は、被告の主張する「国際信義」や「信頼関係の維持」といった概念は抽象的であり、個人の基本権を広範に制限する具体的根拠とはなり得ないと反論しました。
さらに原告は、1951年の旅券法制定当時、一般旅券で認められる渡航先は個別に指定された国に限定されており、かつ、一回の往復のみ有効で渡航ごとに都度申請することが原則とされており、「渡航許可証」に近い性格を持っていたことを指摘しました。
当時の「国際信義」は、入国を拒否している特定の国との関係に限定された問題であったはずであり、現在のように世界各国への渡航が可能な数次往復用旅券を前提として、一国の事情を理由に全世界への渡航を禁じる解釈は、法の趣旨を逸脱するものであると主張しました。
加えて、原告は、外国政府の判断に全面的に依拠して日本国民の権利を制限することには重大な問題があることも指摘し、本件処分の違法性を強調しました。また、安田さんがシリアで行った取材映像を法廷で上映し、その活動が報道の自由や人々の知る権利に関わるものであることを示しました。

‖ 判決
東京地裁は、海外渡航の自由を「精神的自由の側面も持つ基本的人権」と位置付け、旅券法に基づく制限は合理的で必要最小限であるべきだと指摘しました。判決では、旅券法13条1項1号(入国禁止国がある場合の発給制限)の目的を「当該国と我が国との二国間の信頼関係の維持」にあると判示しました。
この目的に照らし、原告がトルコから入国禁止措置を受けている以上、トルコやその地理的近接国(関係国)への渡航を制限することには合理性があると認め、同条項自体は合憲であると判断しました。しかし、トルコとの信頼関係を損なう蓋然性がない地域(第三国)への渡航まで全面的に禁じる本件処分は、法の目的を越えた制限であり、外務大臣の裁量権の逸脱または濫用にあたり違法であるとして、国による発給拒否処分を取り消しました。
一方で、どの国を渡航先とする旅券を発給すべきか(限定旅券の範囲設定など)は、国際情勢や外交上の専門的知見を持つ行政側の裁量に委ねられるべき領域であると判断。安田さんが求めた「全地域対象の一般旅券」および「トルコ除外の限定旅券」の発給義務付けについては、いずれも認めませんでした。
▶︎地裁判決文はこちらから
‖ 二審
上記のように一審では、安田さんが求めたパスポートの発給義務付けは認められず、旅券法13条1項1号は合憲とされました。よって、一国からの入国拒否を根拠に外務大臣が恣意的にパスポート発給を拒否できる旅券法の問題点は解決されませんでした。そこで原告側・被告側の双方が一審判決を不服として控訴しました。
一審判決は、旅券法13条1項1号について、入国を拒否した国のみならずその国の利害に影響する「関係国」への渡航を制限することも合理的であり、「関係国」の範囲の判断は外務大臣に委ねられると判示していました。
これを受けて原告側は、同号が「関係国」への渡航の自由まで禁止するとの解釈のもと、以下の主張をしました。
- その判断基準を示さずに外務大臣の裁量に委ねることは、立法府による民主的統制のないまま憲法上の権利の侵害範囲を拡大するものであり許されないこと
- また、外務大臣にこのような広範な裁量を与えることは、海外で活動するジャーナリストや紛争地への渡航に対して甚大な萎縮効果をもたらすこと
‖ 判決
2回の口頭弁論を経て、2025年1月30日に判決が言い渡されました。裁判所は原告・国双方の控訴をいずれも棄却し、一審判決を維持しました。
ただし高裁は、結論こそ維持しながらも、旅券法13条1項1号の目的は、2国間の信頼関係維持にとどまらず「国際的な法秩序や国際社会における我が国の信頼関係の維持に資することを目的としている」との文言を加えました。そのため、どこか一つの国から入国禁止を受けた場合、「国際的な法秩序維持」を理由に、世界中への渡航を制限することが認められやすくなるのではないか、という懸念が残ります。
そして、ある一国から入国禁止を受けた人に対してパスポートを発給することにより、「国際的な法秩序の維持や国際社会における我が国の信頼関係を損なう」可能性が否定できないとして、旅券法13条1号による海外渡航の自由に対する制約は、合理的で必要やむを得ない場合もあると判断しました。
その合理性の判断については、「入国禁止とされた経緯及び理由、当該者の地位、経歴、人柄及び渡航目的、渡航先の情勢、我が国の外交方針並びに国際情勢その他これに関する全ての事情」を考慮すると判示しました。
もっとも「人柄」などという極めて曖昧な基準が示されたことは、行政による恣意的な判断の余地を広げかねないという問題を残しました。これは、紛争地へ赴くジャーナリストや活動家など、いわゆる「目立った行動」をとる者が、行政から恣意的に不利な評価を下されるリスクを孕んでいるからです。
▶︎高裁判決文はこちらから
‖ 最高裁
原告・国はいずれも二審判決を不服として上告。
しかし、最高裁判所は2025年9月24日、双方の上告および上告受理申立てを退け、二審判決が確定しました。
この上告棄却により、安田さんへのパスポート発給を国に義務付けることまでは認められず、旅券法13条1項1号の違憲性も認められないという結論が最終的に確定しました。
一方で、当初の不発給処分は違法と認定され、取り消されたため、外務省は安田さんの旅券申請について審査をやり直すこととなりました。判決確定を受け、外務省領事局は「今回の決定を踏まえて、適切に対応していく」とコメントしています。
国は、2026年1月13日、安田さんに対し旅券の発給を通知しました。しかし、発給する旅券は、一般旅券ではなく、有効期間を通常(10年)の半分の5年とし、渡航先をトルコ以外の国又は地域とする限定旅券でした。国は安田さんに対する通知において、限定旅券を発給する理由について「貴殿は、トルコへの入国が制限されている者であることが確認された」などと述べています。
安田さんは今もなお、トルコから入国を制限されているのか否か、その事実関係は明らかになっていません。
一方で、安田さんは限定旅券の発給を受け、現時点で、海外に渡航することが可能となっています。

社会への影響・インパクト
本訴訟は、単なる一市民の「移動の自由」をめぐる争いにとどまりません。その本質は、報道の自由や国民の知る権利といった民主主義の根幹が、行政の裁量によっていかに容易に侵害されうるかを社会に鋭く問うものでした。紛争地の一次情報を命懸けで持ち帰るジャーナリストの活動は、市民の知る権利を支える公共の財産です。これらの点については最後まで裁判所が正面から向き合うことはありませんでしたが、本件は、国家が恣意的な判断でその活動を封じ込めることの是非を、司法の場で厳しく問い直す重要な契機となりました。
こうした問いかけに対し、市民社会からも大きな反響がありました。
CALL4の主催により、一審・二審の期日にあわせて計2回の「はじめての傍聴ツアー」が開催され、各回終了後には報告会が行われました。のべ約20人が参加し、「パスポートの発給をしないという、人の自由を制限するようなことを、国がやっていいのか」「身の危険をていして紛争地に行って取材してくれるジャーナリストの方々は、本当に素晴らしいと思う。彼らを応援しなければとも思う」などの声が寄せられました。
メディアでもたびたびこの問題は取り上げられ、またCALL4のストーリーやイベントでも後押しされ、クラウドファンディングでは100人以上の方から、72万6,500円の支援金と62件の応援コメントが集まりました。
安田さん自身は、この訴訟について「自分の旅券だけの問題ではない」と繰り返し訴えてきました。一国から入国禁止を受けるだけで190か国以上への渡航が一切できなくなる現行の運用は、ジャーナリストや紛争地に赴く人々だけでなく、「目立った行動」をした誰もが恣意的にパスポートを奪われうる社会につながりかねない、という問題提起です。
判断基準の明確化や制度の見直しは、今後も問われ続けます。

弁護団のコメント
裁判は全てではありません。裁判は終わります。しかし裁判の後も問題は続きます。
私たちは、この裁判において、海外渡航の自由は憲法上の権利であること、国が恣意的にその権利を奪うことができないこと、人権よりも政治や外交を優先することはできないこと、渡航先の一国の事情(入国禁止措置)で全世界への渡航を禁止することはできないこと、安田純平さんがジャーナリストとして戦場で何が起きているかを報道してきたこと、ジャーナリストの旅券を発給拒否すれば世界で何が起きているのか知る権利を侵害することにもなること、を繰り返し主張してきました。
残念ながら、東京高裁はこうした私たちの主張に正面から応えることはありませんでしたが、安田さんへの旅券不発給処分が違法であって取り消されるべきことは、東京地裁判決に引き続き、東京高裁でも認められました。東京高裁の判決に対しては、国と私たち双方が最高裁に不服として判断を求めましたが、最高裁は2025年9月、双方の求めを受け入れない旨の決定をし、東京高裁の判決が確定しました。
真の問題は、裁判の後に明らかになります。
国は、裁判後、期間を5年、渡航先からトルコを除いた限定旅券を発給しました。控訴審判決からすると、トルコ以外にも渡航先が制限される可能性が残っていましたが、トルコだけを制限しました。しかし、トルコが現在もなお渡航禁止措置をとっているかは確認できていません(トルコから本人への通知はありません)。その意味でも、旅券発給は、いまだに国の一方的な措置のままであり、申請者の憲法上の権利にふさわしい理由の説明もありません。
この憲法訴訟で、国の旅券不発給処分が違法であり間違っていたことは明らかにされました。しかし、それで問題が解決したことにはなりません。海外渡航の自由を憲法上の権利にふさわしく確立するためには、私たちが「不断の努力によつて」確立し、これを保持しなければなりません(憲法第12条前段)。その意味で、本件訴訟は来たるべき訴訟へと引き継がれます。
原告からのメッセージ
私への旅券発給拒否を違法とした判決が確定したことを受け、2026年1月13日付けで限定旅券の発給が通知され、同月15日に発給されました。有効期間5年、渡航先として「トルコを除く」という内容です。
旅券とともに渡された通知書には、トルコを除いた理由として「トルコへの入国が制限されている者であることが確認されたことから、旅券法第13条第1項第1号に該当していますので、提出された書類をもとに渡航先等を審査した結果」と書かれています。
2019年1月の旅券発給申請に対する発給拒否処分が取り消しになったため、その時点での申請を改めて審査した結果が今回の発給です。「提出された書類」とは、いずれもその当時の、渡航を予定していた国や目的を記載した「渡航事情説明書」と申請書のことです。7年も前の「事情」でもトルコ以外は渡航できると判断できたわけで、そもそも書類の内容など意味がなく、ほとんど気分次第ということでしょう。
判決確定から旅券発給まで3カ月もかかりました。外務省は「トルコが入国禁止措置を続けているかもしれないから」と説明していましたが、その確認にそれほどの時間がかかるわけがありません。トルコの法律では通常、入国禁止期間は最長5年ですが、さらに5年延長するという特例措置をとるよう、日本側からそれだけの時間をかけて交渉したのではないかと私は考えています。
制限旅券であることを理由に、制限されていない国からも入国拒否された日本人が複数存在しています。旅券が発給されたものの、入国拒否されるかもしれないという不安をこれからも抱えていかなければなりません。
トルコによる入国禁止措置に不審点があることや、制限旅券であることが、制限されていない国からも新たな入国禁止を招く恐れがあることなどは裁判で指摘したことですが、残念ながら裁判では解決されませんでした。詳細は裁判資料を参照してください。
とはいえ、シリアでの拘束の倍以上である7年もの間、日本政府から出国自体を禁止されていた状態がようやく解消されました。この間に円安が急激に進んで海外渡航のハードルが非常に高くなってしまいましたが、拘束事件からの完全な解放に近づいたことを喜びたいと思います。ご支援いただいた皆様に心から感謝を申し上げます。
安田 純平
※弁護団が執筆・座談会を行った、Web日本評論の「特集/ジャーナリストとパスポート—問い直される「海外渡航の自由」と旅券法」もぜひご参照ください。