2020.5.12

「知ってますか?東京の空のブルーは、訴訟で勝ち獲ったものです」

CALL4公開記念イベントレポート(4)

2020年1月25日、CALL4リリース記念イベント『公共訴訟を社会にひらくーそれぞれのストーリー、それぞれのたたかい』が、会場いっぱいの参加者を迎えて、原宿「ギャラクシー銀河系」で行われました。

イベントレポート最終回となる第4回は、CALL4代表の谷口太規による、オープニングトークと、トークライブ終了後の交流パーティの様子をレポートします。
訴訟や裁判を通じて、社会をより良く変えるための、たたかいのお話です。

訴訟は、社会も人の内面も変えていく

谷口太規:
みなさん、この有害スモッグに覆われた都市はどこかお分かりになりますか。
ひと昔前の、東京の写真です。

日本は1960年ごろから、長く工場や自動車の排気ガスなどによる大気汚染に悩まされてきました。そして、住民による訴訟も多くありました。

有名どころで言うと、1960年代に発生した、四大公害病のひとつ、四日市ぜんそくの訴訟。また1980年代には、神奈川県で「川崎公害訴訟」が起きています。京浜工業地帯の影響でぜんそくに苦しむ人たちが、国や電力会社等を相手に提訴して、約14年かけて闘った訴訟です。勝訴により、大気汚染物質の排出規制が認められ、少しずつ空気がきれいになっていきました。

そして、「東京大気汚染訴訟」。これはそれほど昔ではありません。1996年に道路公団や多くの自動車メーカーを相手に提訴されました。その過程で、PM2.5の規制が始まり、東京の空気はどんどんきれいになっていった。現在は、この数十年の中で一番、空気はきれいです。
今、東京に暮らす1千万人近くのみなさんが、日常的に吸って吐いて、生きている、その日常の空気の背景には、何百人もの声を上げた人たちがいたんです。

また、アメリカには1980年代にまだ、「ソドミー法」という法律がありました。これは同性同士の性行為を禁じて犯罪化する法律で、アメリカの連邦最高裁はそれを合憲としていました。ご存知のように、2000年代になってから連邦最高裁はそれを覆し、2015年には同性婚が合法化。それまで声を潜め、アイデンティティを押し殺して生きてきた人たちが、今、社会に出て、尊厳を持って暮らしています。

このように、“裁判を通じて社会を変える試み”は、これまでにずっと行われてきました。

私は弁護士1年生の時に、ハンセン病訴訟に関わりました。医学的な知見では早くから、ハンセン病は感染しないと分かっていたにも関わらず、「らい予防法」によって強制的に離島に隔離され、子供を強制堕胎され、暮らしてきた人たちが、国の責任を問うた訴訟です。

この裁判の最初の口頭弁論期日の際、原告は、弁護団にこう聞いたといいます。「私たちが裁判所に入っていいんですか」。あまりに長い間、人権を奪われてきたために差別を内面化してしまっていたんです。原告たちは、やがて自身の声に傾聴されることで、「私たちが奪われてきた故郷や人生を返して」と声を上げられるように変わり、目に見えて生き生きとしていきました。
これは海外の療養所でしたが、私が最初に療養所を訪れた時、よく吠える、毛並みも汚れた飼い犬がいました。ところが、裁判の後半に再訪すると、犬が人懐っこく、きれいになっていた。裁判を通じて尊厳を回復していった人たちが、周囲にもその優しさを分け与えることで、まさにコミュニティ全体が変わったんです。

裁判をみんなに開くためのCALL4

このように公共訴訟は、社会を良くするだけではなく、人々の内面を変えることができます。けれど、一般の方にとって、訴訟や裁判は、とても縁遠いもの。そこで、私たちは、新しい試みを始めました。それがCALL4です。
ミッションは、閉ざされた司法を市民に開くこと、その結果として、多様で公正な社会を実現すること。一部の人たちに閉ざされた司法を、もっとみんなのものにして、それを通じて、より良い社会を作ろう、というのが目的です。

そのために、プラットフォームを用意しました。そこで私たちが提供しているサービスは、主に4つです。

1)訴訟の背景にある出来事や「人の物語」の共有(ストーリーページ)
公共訴訟の背景には必ず、勇気を持って声を上げた人がいます。そういった人たちのもとへプロのライターとフォトグラファーを派遣して、お話を聞きながら、訴訟に至った複雑な心境や、立ち上がることの難しさを、じっくりと掘り下げてお伝えしています。

2)訴訟に対する経済的支援(クラウドファンディング)
公共訴訟にかかるお金というのは、苦しんでいるその当事者が支払うか、あるいは弁護士が手弁当でやるか、そのどちらかしかないのが現状です。そこで資金集めのサポートをしています。500円から寄付ができます。なお、我々は非営利団体なので、寄付した金額はクレジットカードの手数料を除いてすべて、当事者に渡されます。

3)訴訟への多様な関わりの場の提供(掲示板)
お金だけではありません。例えば、ある水害が起きました。その補償を求める人たちに、実は水工学の専門家は、知識を提供できるかもしれない。法学者は、海外の類似した判決を分析したり、翻訳したりして提供できるかもしれない。みんなで役割を分担して、情報を共有し合える場を作りました。

4)訴訟についての情報や知の共有(訴訟資料データベース)
判決しか手に入らない現状では、何が議論され、結論に至ったかが分かりません。正確な情報がなければ、参加もできません。そこで、裁判に提出される資料を、事件ごとに全て公開しています。

こちらがCALL4のウェブサイトです。『ケースを知る』をクリックすると、今扱っているケースが全件見られます。裁判に立つというのは非常に孤独な戦いを強いられるものなのですが、日本中、世界中からの応援の声を、ここから届けることができます。

また先日、『著名訴訟の記録が廃棄、永久保存の制度活かせず』という見出しで、有名な憲法裁判資料などが裁判所の手で、どんどん破棄されていたことが新聞で報道され、世の中に衝撃を与えました。過去に憲法判例を作り、今の社会のあり方を決めてきた、大変貴重な資料です。そこで、私たちは過去の裁判資料もデータベース化しようと考えました。アーカイブケースとして、いくつかは既に掲載しています。

CALL4は、裁判をみんなに開いて、みんなの力を少しずつ集めて、社会を良い方向へ変えていくプロジェクトです。勝てる裁判もあるかもしれませんし、負ける裁判もあるかもしれません。けれど、その訴訟の過程を通じて、社会問題を共有し合いしながら、個々の意識を変えていけたら、それはとても素敵なことですし、ここにいるみなさんにもぜひ仲間に加わっていただきたいと思っています。

その先には、ハンセン病訴訟の原告の笑顔や、アメリカの同性婚訴訟判決後の原告の笑顔のような、あるいは、灰色の東京の空が青に変わったような、そんなうれしい変化をきっと見ることができるはずです。

【トーク終了後は、全員で交流タイム】

上記でお伝えしたオープニングトーク、そしてゲストを招いての3つのトークライブ(イベントレポート1〜3に掲載)を終えた後は、話者も参加者も一体になっての交流タイムへ。
ケータリングやドリンクを片手に、そこかしこで話題は尽きませんでした。

満員の会場は、穏やかな熱気に包まれて
「寄付バー」も大盛況。特製ドリンクは『アルコールフォー』
1杯500円のドリンクに付くシールを、支援したい訴訟へ
ケータリングのミニおむすびには、CALL4フラッグ

そして、交流タイムの最中に、2名の参加者にインタビュー。イベントの率直な感想を聞かせてもらいました。

参加者の声1「裁判記録は過ちに向き合った歴史」

−本日、熱心にお話を聴いてくださっていましたが、印象に残ったことをお聞かせください。

「そうですね、閉ざされた司法を市民に開くことの重要性に強く共感しました。
行政の仕組みも、権力を担う人間も、もちろん完全ではなく、間違える。間違えるからこそ、重要なのは、その間違いによって尊厳が傷つけられ、あるいは一方的に制約された現場の個々人の声をいかに拾い、次にどう活かすかという、過ちから学ぶサイクル。社会がより良いものになっていくためには、そのサイクルが回すことが、過ちを減らすことと同じぐらい、あるいは、それ以上に大事だと僕は思っています。

僕たち弁護士からすると、憲法裁判の資料が裁判所によってバシバシ捨てられていた事実は、掛け値なしに絶望でしかないんです。過ちの反省の歴史をつないでいかないと、また同じことが起きる。
僕は以前、広島に10年ほど住んでいて、先日あらためて原爆資料館へ行ったのですが、当時の権力構造が個人をどんどん相対化していった過程や権力者のメンタルを改めて振り返って、『いや、同じことは起き得るな』と感じました」

−裁判資料は、暴走の防波堤であると。

「国という概念は時間を越えていくので、それに対して有限の個々人が声を上げていくためには、みんなでつながって、記録を共有していかなければいけないんです。

また、例えば入管事件であれば、法律の条文に書かれていないことが多く、現場の運用も閉鎖的で、かつ恣意的に変わっていく。そうなると、今日お話をされた児玉先生など、その領域の最前線で闘う先生方が、具体的にどういった主張や書面で闘っているかという部分を、その背景の叡智も含めて弁護士が面で共有し、積み上げていく仕組みを弁護士自身で作っていかないと、本来勝つべき事案で勝てないという、不条理な結果が積み上がってしまう。

入管の領域に限らず、行政権が極端に肥大化してしまっているこの国で、さらに司法が閉じられてしまうことは、市民社会にとっての不利益でしかない。まさに行政の暴走を止める機を、恒常的に逸してしまうと危惧しています」

−今後のCALL4にひと言お願いします。

「裁判の記録は闘いの歴史であり、過ちに向き合ってきた歴史だと思うので、裁判資料のアーカイブ化をCALL4がを始めたことは極めて本質的で、大変意義のあることだと思っています。僕自身ずっと考え、自分なりに進めてきたこととも重なるので、谷口先生にはまた改めて、ゆっくりお話をお伺いしたいです」

(弁護士・小野田 峻さん)

参加者の声2「自分ごと化へのハードル、どう越える?」

−本日、印象に残ったことをお聞かせください。

「私にとって一番強烈だったのは、やっぱり入管で拘束されて亡くなった方の動画ですね。実際の動画を観たり、現場で闘われている方のお話を聞いたりすると、『もう、何かしたい!』と強く思います。
自分が寄付することで、世界が本当に変わるかもしれない。ささやかだけれど、世界を変える手助けが500円からできる。そのことをより広げていくにはどうすればいいのか、報道の観点で考えたい課題でもあります」

−報道のお仕事をされているんですね。

「そうです。報道コンテンツの制作側なので、2014年に渋谷区がパートナーシップ条例を出した時から同性婚の訴訟は追っていますし、この年末には“貧困”をテーマに、若者のネットカフェ難民の話を取り上げるなどしました」

−社会課題にフォーカスして。

「はい。私自身、世の中に隠れているメッセージを発信して、人の心を動かしていくことに興味を抱いて、この仕事をしています。
入管の問題にも、もともと興味を持っていたんです。ただ残念なことですが、国籍が違うというだけで、なかなか“自分ごと”化しにくい面はある。今日のように、多くの人に動画を観てもらって、自分と同じ一人の人間がこんなに苦しんでいる、あんなにのた打ち回ってベッドから転がり落ちている、そこをまずは知ってもらいたいですよね。
当事者ではない人間が、どうしたら自分ごとに考えられるようになるのか。メディアとして取り組みたい課題ですし、CALL4で今後向き合っていくことなのかな、と思います」

−今日のイベントは、その一つのきっかけになる気がしています。

「そうですね、みんながちょっとでもツイートをしたり、友達に話したり、それだけで、きっと変わってくると私も思います」

(動画プロデューサー・疋田万理さん ※イベント後、CALL4にメンバーとして参加)

ご来場くださったみなさん、ありがとうございました。また次回お会いしましょう!

取材・文・編集/丸山央里絵(CALL4)
写真/神宮巨樹