2020.3.10

「勝訴した瞬間、クラウドファンディング応援者の顔が見えました」

CALL4公開記念イベントレポート⑴

2020年1月25日、CALL4リリース記念イベント『公共訴訟を社会にひらくーそれぞれのストーリー、それぞれのたたかい』が、原宿「ギャラクシー銀河系」で行われました。
当日は予約満席となり、運営スタッフの予想をはるかに越えて、会場キャパシティいっぱいのお客さまにお越しいただくことができました。

そのイベントレポート初回となる今回は、メインのトークセッション、刑事弁護人の亀石倫子さんと、CALL4代表の谷口太規による対談『みんなで公共訴訟を支えるには』の模様をお届けします。

日本で初めて裁判にクラウドファンディングを用いて周囲を巻き込み、そして画期的勝訴を勝ち獲った彼女のストーリー、そしてたたかいとはー。

イベントのフライヤーは会場受付でも配布

「クラブ」「GPS」、そして「タトゥー」

亀石倫子(以下、亀石):
亀石です。大阪から来ました。刑事弁護人です。

谷口太規(以下、谷口):
本日は、遠路はるばるありがとうございます。
さっそくですが、亀石さんは刑事弁護人として、いくつも社会に注目される事件を担当されています。私は『三大事件』と呼んでいますけど、まずは一つ目のクラブ事件からご紹介させてください。
こちらはクラブが風営法で摘発された事件で、一審、控訴審、そして最高裁で無罪が確定して、風営法改正につながった事件です。そもそもクラブが何故、刑事事件になったんでしょう。

刑事弁護人 亀石倫子さん

亀石:
当時の風営法では、専用設備を設けて、客に飲食をさせて、ダンスをさせるのは風俗営業という扱いでした。それで、風俗営業をするには公安委員会の許可が必要なんですけれど、その許可の要件が非常に厳しいんですよ。小箱と呼ばれるこぢんまりしたクラブだと、面積要件を満たしていなくて、そもそも許可が取れなかったんです。

そして、クラブの経営者である被告人の方が、それ以前にクラブが風俗営業だと言われることに対して、納得がいかないと。そんないかがわしい商売はしていない、クラブが風俗店として扱われていること自体を争いたい、とおっしゃった。それが経緯です。

谷口:
その風営法でいくと、許可を取っていないクラブではダンスをさせない、ということですか?

亀石:
そうです。当時の摘発時の状況が滑稽なんですけれど、マネージャーや従業員を捕まえて、「今、ダンスさせてたな?」って聞くんです。楽しい音楽がかかっていて、お酒を呑んでいて、気分良くなれば自然に体が動くじゃないですか。そう言われても…という感じです。

谷口:
なるほど。けれどあるクラブが規制されると、それは全国に波及することになる。

亀石:
そうなんですよ。仮に風営法の許可を取ったとしても、午前1時までしか営業できないルールがあった。クラブは朝まで営業してようやく採算が取れる、だから許可を取ったら経営成り立たなくなる、という闇もありました。クラブを愛するみんなにとっての問題だったんです。

谷口:
それが裁判を通して、風営法の改正につながり、今は踊らせてOKになった。

亀石:
はい、この裁判やロビー活動のおかげでクラブは“風俗営業”というカテゴリからは外れることになりました。
ただ課題は残っていて、風営法の中に新しい、“特定遊興飲食店営業”という新しいカテゴリが出来まして、その許可を引き続き、取らなくてはいけないんです。なので結局、許可を取れないクラブというのは今もあって。2018年1月には、東京の老舗クラブ「青山蜂」が改正後の風営法違反で摘発されました。だから、改正された風営法も十分じゃなく、まだまだすべきことは残ってます。

谷口:
二つ目の訴訟が、この写真。この仰々しい場所は、最高裁ですね。

亀石:
これは、大阪府警が被疑者の車に勝手にGPSを取り付けて、24時間監視をする捜査をしていた事件です。GPS捜査をするなという主張ではなく、プライバシーの問題があるから、やるのであれば令状を取ってやるべきだという裁判でした。大阪地裁から始まり、大阪高裁、そして大法廷といって最高裁15人の裁判官全員が出てくるこの場所で違法捜査だという判断を勝ち取りました。

谷口:
私が亀石さんの名前を初めて知ったのはこの時でした。
弁護士業界には、けっこうな衝撃が走ったんですよ。最高裁は現状追認の判断をすることが多い中で、警察の捜査に関することで、現状を否定する判決を取った、しかもその弁護団は若手五人組らしいぞ、という話で。

亀石:
同期の弁護士の数少ない友人に、「助けて、大変な事件になる」って話して仲間になってもらって、たたかったんです。事件を受けた当時、弁護士になってまだ4年目。経験も浅くて知識もない中で、みんなでロースクールや修習生の勉強会のように一生懸命学びながら取り組んだ事件でした。

谷口:
そして三つ目ですね。

亀石:
これは、大阪のタトゥーの彫り師が医師免許持っていないという理由で摘発を受けた事件がありまして。30万円の略式命令を受けたんです。だけど、それを認めて罰金を払ってしまったら、タトゥーを彫るには医師免許が必要だから、自分たちが違法だと認めることになる。そうなると、そもそも医師免許を取って彫り師をする人なんていないので、日本という社会から、“彫り師”という職業がなくなる。それは黙ってはおけない、ということで裁判をしました。

(※この事件の詳細は、『異端の弁護が社会をつくる』として、CALL4にて連載中です。ぜひご一読ください)

谷口:
刺青というのは日本古来の文化で、昔の沖縄やアイヌなどでも行われてきたもの。彫り師がいなくなれば、当然に入れ墨を入れられなくなる。つまり、刺青文化、タトゥー文化そのものがなくなってしまうということですね。

亀石:
そうなんです。あとは地下に潜って、今よりもっと安全ではない状況で彫るか、海外で彫るしかなくなると思います。

谷口:
なるほど。刑事弁護といえば、事件性のある少数の人を守り抜く、どんな人であっても、その人のために闘うことになります。けれど、亀石さんは、「刑事弁護はその人だけの問題に収まらない広がりを持っているんじゃないか」、と以前に話されていましたね。それは、どういう意味だったのでしょう?

CALL4代表 谷口太規

犯罪は社会を映す鏡

亀石:
例えば、皆さん、殺人事件の何割が親族間で行われているかご存知ですか。半数以上の55%です。老々介護や、重い精神病を抱えた家族を悲観してなど、いろいろな事情から親族間での殺人事件は起こっている。
そこからは、社会から孤立する家族の姿が見えてくるんです。日本は育児にせよ、介護にせよ、社会ではなく家庭が引き受けるもの、という見えないプレッシャーがあるじゃないですか。個別の事件から、そういった社会のあり方や課題が見えてくるんです。

谷口:
なるほど。先ほどの三つの事件は、ダイレクトに、“社会の線引きをどうするか”を問われた事件でしたが、事件当時も意識されていましたか?

亀石:
クラブの事件では、私たちは被告人の権利を守る意識だけで弁護していたんですが、社会やメディアが予想外に注目してくれて、応援してくれる人もたくさん現れて、法律も変わった。一つの刑事事件でも、社会が変わるきっかけになるんだと、その時に思いました。

その経験があったので、タトゥーの事件では、社会を巻き込もうと意識的に考えたところはあります。多くの日本人はタトゥーに嫌悪感を持っているけれど、“本当にいけないものなのか”。ワールドカップやオリンピックがあって、タトゥー文化に親しむ外国人が日本の温泉入るのを楽しみにしているときに、「タトゥーお断り」と拒否していいのか。そういう問題提起もしたいと思いました。

日本初の訴訟クラウドファンディング

谷口:
なるほど。先ほどのタトゥー事件で、亀石さんはクラウドファンディングを使われていて、それも衝撃でした。そこに至る過程も教えていただけますか。

亀石:
さっきお話した三つの事件、全て弁護側は無償でやっているんです。裁判記録をコピーするだけで何十万円もかかるし、学者の先生に意見書を依頼したり、法廷で証言してもらったりにするにもお金はかかる。それを被告人一人に払ってもらうわけにはいかないじゃないですか。

タトゥーの裁判も最初は、仲間の彫り師の方がたが集めてくださった寄付で進めていたんですけど、大阪地裁の一審判決で有罪判決が出たんです。私、その判決を聞きながら、腸が煮えくり返るぐらいに腹が立ちまして。私たちは憲法上の主張もしていたのに、全くそこに正面から答えていない、タトゥーは危険だという一点張りの判決だったからです。

その時、私は悔しい思いで判決を聞きつつ、頭の中ではお金のことを考えていました。なぜなら、お金がなくて立証ができなかったことがあったからです。医師法、刑法、憲法、刺青の歴史や文化など、多くの研究者に協力をいただいていたんですが、全部の先生に意見書をもらえてはいなかった。海外の状況や法整備も立証できていなかった。私はそれが悔しくて、悔しくて。
その日は泣いて、翌日にはお金の集め方を調べ始めました。そうしたら、海外では裁判費用をクラウドファンディングで集めていると分かったんです。これだと思いました。ところが、日本を調べても事例が出てこない。どうやら日本初になるらしい、と。

谷口:
それで、どうされたんですか。

亀石:
さらに調べると、弁護士倫理上の問題、税法上の問題と、いくつか越えなければならないハードルはあるけれど、日本でもできるという結論に至りました。それで、知り合いに『CAMPFIRE』代表の家入一真さんを紹介してもらって、お話したところ、非常に共感いただき、担当者をつけてくださいました。

クラウドファンディングの葛藤と成果

谷口:
実は今日、その担当者にもお越しいただいています。『GoodMorning』代表の酒向さんです。

酒向萌実(以下、酒向):
はじめまして、酒向萌実と申します。タトゥー事件のクラウドファンディングを『CAMPFIRE』で担当していました。昨年の4月に分社化しまして、社会課題に特化したクラウドファンディングのプラットフォーム『GoodMorning』の代表を務めています。

GoodMorning代表 酒向萌実さん

谷口:
当時、担当者として亀石さんとお会いして、どんな風に思われましたか?

酒向:
一審で有罪判決が出ている刑事事件で、一般的には嫌われているタトゥー。そんなネガティブな要素しかない中で、どうやって多くの人に問題意識を共有して、共感してもらえるかが難しいと思いました。
あとは日本で初めての取り組みだったので、どんなトラブルや炎上があり得るのか分からずに不安でしたね。

谷口:
なるほど。けれど、その割に目標金額は300万円。わりと高く設定をされていますよね。

亀石:
最初は「100万円でどうでしょうか」って、私は言ったんですよ(笑)。それくらいだったら知り合いとかにお願いすれば何とかなるかもと。でも、酒向さんに弱気すぎるって言われました。

酒向:
クラウドファンディングをせっかく使うのであれば、使わないと出会えなかった人とコミュニケーションを取れるところまで広げないと意味がないなと思って。300万円集めましょうって、強気に言ったんですけれど、心の中では、どうしよう…上司を説得しなきゃって思ってました(笑)。

谷口:
ファンディングを通じて、お金以外のことも実現できると思っていた?

酒向:
そうですね。実は私、クラブがとても好きで、風営法の事件も一部始終を見て、デモにも参加していたんです。ルールで自分の居場所を奪われていくことを、自分が一市民として体験したことがあって、社会全体とコミュニケーションをして盛り上げる意味は、絶対にあると思っていました。

谷口:
いざスタートしてみて、どうでしたか?

亀石:
たくさんの共感や応援のコメント、そして支援金が集まって、びっくりしました。
「自分はタトゥーを嫌いだけど、こんな形で職業が奪われるのは間違っているから応援する」というようなコメントもいただいて。絶対逆転してやる、って勇気をもらえました。

谷口:
酒向さんは、予想通りの結果でしたか?

酒向:
いえ、驚きました。私たちはこの裁判自体に社会的に意味があることを発信している。けれども、こと裁判になると、片方を擁護していると見えるんじゃないかという不安もあったんです。ただ、集まったメッセージを見て、クラウドファンディングを通じて裁判を社会に開くことに、思ったよりも共感が集まったのはうれしかったですね。

亀石:
弁護団の中でも消極的意見も実はあったんですよ。だけど、やって良かったって今は思いますね。

谷口:
酒向さん、ご登壇ありがとうございました。

支援は、裁判を身近に思うきっかけに

谷口:
さて、亀石さん。タトゥー事件では多くの学者さんたちが、自分ごととして協力してくださったともお聞きしました。

亀石:
そうなんです。裁判のメインは医師法なんですけど、憲法の職業選択や表現の自由にも関係ありますし。他にも刺青の歴史や文化の研究者など、多くの専門家と一緒に研究していきました。
だから本当にチーム一丸となって、控訴審は思うような立証もできて、逆転無罪判決を得ることができました。そこまで含めての成功だったと思います。ただ検察が上告したので、今は最高裁に係属しています。

谷口:
私も裁判をやっていて思うんですが、これだけたくさんの学者さんに協力してもらうのは大変ですよね。

亀石:
そうなんです。まず色んな文献、論文を読んで、どの専門家に協力をお願いするかを探すのが大変。で、探したら、その方のメールアドレスも知らないので、まずはお手紙を出して、会う約束ができたら遠くても会いに行って。お返事をいただくまでに時間もかかります。

谷口:
そういう亀石さんのような努力は、誰もができることではないな、とも思うんです。そこをテクノロジーや仕組みの力を使うことで、もう少し幅広い弁護士にまで門戸が開けないか。そう思って作ったのがCALL4ではあります。

亀石:
素晴らしいですね。私は経験から、裁判費用をクラウドファンディングで集める意義を強く感じたんです。クラウドファンディングの支援って、お金を出したというだけじゃなくて、自分が一員として、裁判にコミットできるものでもある。
実際、訴訟費用に特化したプラットフォームを作るところまでやれたらいいな、って私も思ったんです。けれど、無理だった。それを谷口さんたちが形にしてくださった。有難いです。

谷口:
ありがとうございます。実際に見られて、どう思われました?

亀石:
原告や弁護側のストーリーが掘り下げて書かれていることに感動しました。あとは、訴訟資料を全て公開していることの意義がとても大きいな、と。私たち弁護士でも、判決以外の訴訟記録は通常は一切見られない。けれど、裁判記録や資料を見ないと、世論もきちんと正しく評価できないと思うんです。

谷口:
そこは、先ほど亀石さんがおっしゃったように、訴訟を社会化したいと思ったんです。

亀石:
「裁判員裁判制度」は、市民にとって司法を身近な存在にするために始まったと思うんですけれど、何日も会社休まなきゃいけなかったり、稀には死刑のような重い判決を下すことに関わらなきゃいけなかったり、凄くハードルが高いですよね。
それと比べて、支援や寄付によって応援したい裁判にコミットできる方が気軽ですし、司法がより身近になるんじゃないかなって思います。

谷口:
では最後に教えてください。刑事裁判にせよ公共訴訟にせよ、いろんな人がいろんな形で裁判に関わっていく未来に、亀石さんは何を見ますか?

亀石:
私はいつも、既成概念をぶっ壊したいっていう気持ちがあるんです。刑事弁護は世間からの偏見も強いし、バッシングもたくさんある。それも含めてぶっ壊した先に、社会が少しでも良い方向へ変わるんだという思いがあって。
これからはCALL4のようなプラットフォームがあるから、「こういう訴訟をやってみよう」と市民の方が思えたり、裁判を身近に感じる社会へ発想が変わっていくといいですよね。

タトゥー裁判の控訴審の逆転判決の日、『原判決を破棄する。被告人は無罪』と言われたその時、私は真っ先に原告、そして傍聴席の彫り師さんや、学者の先生たちを見ました。みんな泣いているんです。泣いて抱き合って喜んでくれている、その向こうに、私にはクラウドファンディングで応援してくれた人たちの姿も見えて。
私、弁護士になってからその瞬間が一番うれしかったかもしれないです。

取材・文・編集/丸山央里絵(CALL4)
写真/神宮巨樹