司法は社会を変えうるか?
目次
会社員から弁護士を目指したきっかけ
はじめまして、戸田善恭です。
CALL4ではクラウドファンディングの各種サポート等をプロボノで担当しています。会社員から法曹へ転向し、現在は弁護士をしています。
本題に入る前に、私がなぜ公共訴訟に関心を持ちCALL4に加わったか、少しお話ししたいと思います。
大分昔の話になりますが、大学生の頃、開発学か何かの講義を聞いて構造的な格差や貧困問題に関心を持つようになりました。そのうち大学での座学に飽きてきた私は、自分にできる「何か」を探しに、国内外の様々な場所に足を運ぶようになりました。
印象に残っているのは、ブラジルに行った時のことです。
私は、サンパウロ市郊外にある「ファベーラ」と呼ばれるスラム街のど真ん中で、児童労働の撲滅に取り組んでいるローカル団体を訪ねました。その団体は工場労働に従事する子どもの非行化を水際で防ぐためのカウンセリングを行っており、私も活動に加わらせてもらうことができました。夜間には時々銃声が聞こえてくるような環境でした。
しばらく手伝っているうちに、彼らが広大なファベーラの一角で地道な活動に取り組んでいることの意味が分かってきました。それは、笑顔の絶えない子どもたちが、工場労働を始めてしばらくすると顔つきが急に険しく変わっていってしまうのを間近で見たからです。短期間でここまで人の表情や雰囲気が変わってしまうことに衝撃を受けました。
その後も、それまで見聞きしたことを深めようと渡米して学ぶなどし、自分なりに考え、動いてみました。しかし、好奇心に突き動かされてやってきた学生が何かできる世界でないことだけは、当時の私にも理解することができました。
そうこうしている内に、あっという間に学生時代は終わりを迎えました。そして、ご縁のあったコンサルティング会社に就職したのです。
舞台は一転して、大企業を相手に国内外を奔走する日々が始まりました。学生時代に考えていたことなどすっかり忘れて仕事に打ち込む日々が続きました。
しばらく会社員として慌ただしく生活していたある時、長期で入る予定だったプロジェクトが中止になり、自分自身を少し振り返ってみる時間が生まれました。その時脳裏をよぎったのは、かつて見たブラジルのスラム街の光景でした。同時に、絶望的ともいえる環境の解消に向けて粘り強く問題に取り組む人たちが、地球の裏側にいたことも思い出しました。
貧困や格差の問題は、経済的に豊かどうかという切り口から語られることが多い。でも、より大切なことは、個々人が置かれた状況の中で胸を張って生きれるかということにあるんじゃないか。そして、そこには常に人の尊厳やその回復といった問題が深く関わっている。私が関心があったのはそこだったんじゃないか。しかもこの問題に国境は関係ない。自分が生まれたこの国の中で何かできることがきっとあるはずだ。
そんなことを考えていた時、司法試験の勉強をしていた友人が弁護士の仕事について話してくれたのを聞き、「これかもしれない!」と安易にも思ってしまったのです。
特に、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という趣旨の下、弁護士であればプロとして人権救済等の公益活動に取り組める点に魅かれました。まさに人の尊厳を守る仕事であるし、これを通して、かつて果たせなかった「何か」に近づけるかもしれないと思ったからです。
すぐにぶつかった壁
しかし、次第に現実に直面します。それは、CALL4で扱っているような社会的に意義のある訴訟に力を入れているようでは「食べてはいけない」という現実です。
あるベテランの弁護士はこう言いました。
「この手の事件は弁護士にとって放課後の課外活動と同じ。そこに全力を注ぐことはできないし、注いではいけないよ。」
これは、現在の弁護士業界の状況を踏まえた正しいアドバイスなのだと受け止めました。反面、弁護士としての公益活動に関心を持っていた私にとって、その現実は少し悲しくもありました。「放課後の課外活動」という言葉もどこかに引っかかっていました。
しかし、それはそういうものと受け止め、粛々と弁護士になる準備を進めていた時、CALL4の存在を知りました。
きっかけは、知人から送られてきた児玉弁護士のストーリー記事です。
読んでみると、その場にいなかった私でも、代理人の心の機微など、そこに書かれた情景がすぐに浮かんできました。私は、すぐにその記事が生み出す世界観に引き込まれました。
そして、CALL4では、司法をより開かれたものにするというミッションの下、クラウドファンディングを始め人々の「共感」を形にしていくための様々な取り組みを行っていると知ったのです。
私は、また「これかもしれない!」と思いました。
司法がソーシャルチェンジの手段としてより身近なものになっていく未来が少し見えたような気がして胸が高鳴りましたし、CALL4の取り組みは公益的訴訟のオルタナティブを示す試みでもあり、私自身の問題意識にも合致したからです。
海外に目を向けてみる
CALL4に関わるようになって間もなく、日本の公共訴訟を取り巻く環境等について整理した「公共訴訟のキホン」ページの作成に携わりました。
このページを作成するにあたっては、日本だけでなく、欧米を中心とした海外の公共訴訟の取り組みについても調査を行いました。その過程で、海外には日本では目にしたことがないような公共訴訟を支える様々なシステムがあることを知りました。この中に、日本の公共訴訟のあり方を考えていく上でのヒントがあることを知ったのです。
例えば、アメリカでは、既存の社会制度を変えていくことを目的とした、“Impact Litigation”と呼ばれる訴訟が社会的に確立しています。それだけでなく、こうした訴訟を専門的に扱う団体や、これらを経済的に支えるファンドレイジング等の仕組みが数多く存在しています。
2017年にトランプ大統領は、中東の特定7カ国(イラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメン)出身者がアメリカに入国することを制限する大統領令を発しました。しかし、その数日後にはアメリカの弁護士達が裁判所に対して同大統領令の差し止めを申し立てました。
なぜアメリカの弁護士達はこのように迅速なアクションを取ることができたのでしょうか?
2020年11月、トランプ大統領は、アメリカ大統領選挙の結果には投票集計方法等に不正があったとして、各州の裁判所に投票集計差し止めや再集計を求めて裁判を起こしました。そして、バイデン、トランプ両陣営は、選挙後わずか数日で、今後も継続が予想される裁判費用を集めるための「選挙訴訟用ファンド」を作って寄付を募り始めたのです。両陣営は、それぞれ30億円、60億円を目標額に掲げており、この呼びかけに応じて多くの国民が寄付を投じています。
なぜアメリカでは裁判に対してこれだけ巨額の寄付が集まるのでしょうか?
これらの問いは、まさに先に述べたような、公益的訴訟を専門的に担う団体やその活動を下支えするための仕組みの存在と深く関わっています。
本連載ではこれから先数回に渡り、アメリカで重要な公益的訴訟を数多く取り扱うNPOでカッティングエッジな経験をされてきた杉山さんの現地レポートと併せて、日本の公益的訴訟の今後のあり方について模索していきたいと思います。