2022.1.3

誰かが声をあげるということ

CALL4谷口太規の連載|司法をひらく⑵
CALL4(コールフォー)代表・弁護士の谷口太規によるコラム連載「司法をひらく」第2回。今回お届けするのは、2022年の始まりに改めて胸に刻みたいと思うことーー。

光田医師のあやまち

私が最初に公共訴訟と出会ったのは、司法修習生の時のことだ。

研修先となった指導担当の弁護士の元を尋ねると、「今度韓国のハンセン病療養所に行くから予定しておくように」と伝えられた。その方が携わっている日本の統治下で韓国と台湾でも行われていた強制隔離政策の責任を問う訴訟で、原告の方々の聞き取りに行かれるというのだ。

私はその後何度かにわたり、その訴訟の弁護団とともに、韓国や台湾を訪れることになった。彼ら彼女らは、日本での、ハンセン病国家賠償請求訴訟の弁護団で中心的役割を果たした弁護士たちであった。日本でのその訴訟には、除斥期間(損害賠償請求ができる期間を損害が生じてから一定に期間に制限する法の規定)という法的な大きな壁があった。しかし、弁護団は、強制隔離により閉じ込められ、故郷や家族を奪われた被害を「人生損害」であり、被害は今も続いているとして、歴史的な違憲判決を得ていた。

韓国や台湾に行く旅の途中で、あるいは原告たちへの聞き取りを終えた後の酒席などで(九州の弁護士たちを中心とするその弁護団は会議や聞き取りがどんなに遅い時間に及んでも、必ず飲むのだ)、私は多くのことを教わった。その濃密な時間は、その後の私の弁護士人生に大きな影響を与えた。

ある時、私は、ある弁護士から、「なぁ、ぐっちぃ」と呼びかけられた。たにぐち、だから、ぐっちぃ。弁護団では一番の若手だった私はそんな愛称で呼ばれていた。後から入った私が早く馴染めるように、そんな配慮も働かせてくれていたのかもしれない。

「ぐっちぃ、光田健輔はね、ハンセン病患者のためにと考えて人生を尽くしたと言われているんだよ」

私は驚いた。医師であり、複数の療養所の所長を歴任していた光田健輔は、強制隔離政策を推し進めた人としてよく知られていた。療養所のハンセン病患者が結婚をする時に、断種手術を受けることを条件にする運用(法的根拠のないもの)を始めたのも、彼が所長だった時のことだ。

「ハンセン病の病原菌は主に皮膚や神経を侵すでしょ。つまり見た目に影響する。実際の病原菌の伝染力の強さ以上に、ハンセン病患者に対する差別や偏見が強かったのはそういう要因もあった。光田健輔は、ハンセン病患者の人たちが、差別を受けずに暮らせる場所として療養所を考えていた。つまり、彼なりに患者たちの楽園を作ろうとしてたんだ。そしてその楽園づくりに、人生をかけてた。だから、日本での訴訟が始まってからも、療養所にある光田健輔の銅像にお参りする患者たちも多くいたんだ。」

そうだったのか、、、光田健輔を優生思想の権化のようにイメージしていた私にとっては意外な話だった。

「でもね。」

話はそこでは終わらなかった。

「彼は、一つ間違いを犯したんだ。明けても暮れてもハンセン病患者の幸せのことを考えていた彼が、一つ犯した間違い。そして、それは、あまりに決定的だった。その過ちがこれだけの悲劇を生んだ。ぐっちぃ、それはなんだったと思う?」

見当がつかなかった。困った顔をして黙る私を見ると、その弁護士はゆっくりとこう言った。

「彼は、何が幸せかについて、ハンセン病患者の人たち自身に聞くことをしなかったんだ。」

私は、激しく体を揺さぶられた気がした。

その弁護士は、私の目を見すえて言った。

「これは、いつも、ずっと忘れちゃいけないよ。」

偏見差別にさらされて生きていくことはきっと辛いことだったであろう。でも、それでも、自分たちの家族や故郷とともに生きたいと思った人もいただろう。ハンセン病患者同士でも、愛した人と家庭や子どもを作り、未来を向いて生きたいと思った人もいただろう。

彼ら彼女らは、自分自身の人生を、自分たちで選び取りたかったはずだ。

しかし、彼ら彼女らはそのことを奪われた。

いつも思い出す言葉

私は、その後弁護士になり、16年が経過した。

これまでに何千人という相談者、依頼者と相対してきた。小さな相談室で、さまざまな訴え、思い、感情、切望が語られるのを聞いてきた。

心の底から共感し自らを重ね合わせるようなものもあれば、そこに噴出する激しい感情についていけないことや、あるいはその人たちの選択の合理性に疑問を感じるようなこともあった。ある政策や社会制度に、押しつぶされそうになっている人から話を聞きながら、他方でその政策や制度の必要性が理解できる時は、つい「それは仕方がないのでは」と言いそうになってしまうこともあった。

しかし、そんな時、いつもあの言葉を思い出すのだ。

自分たちの大切なものを、自分たちの幸せを、自分たちで決めること。

それにこだわる人は、時に全体利益を考えない厄介な人に捉えられることもあるだろう。実際そのことがいつも多数派を形成できるわけではない。結果的に通らないように見える主張を続けることが、滑稽に見えることだってあるのかもしれない。

それでも、そのあげられた声は、その声の固有性は、かけがえのないものだ。決して笑われたり、踏み潰されたりしてはならないものだ。私たちの社会が、少しだけましになる時には、いつだってそうした声が出発点だったはずだ。

複雑化している現代社会において、多様な人たちの間で合意をし、社会を作っていくことは大変な困難を伴う作業だ。CALL4で取り上げている様々なイシューも、明確な一定の解を導き出すことが難しいものばかりだ。個々人の思いと、マクロな視点での判断が対立することも少なくない。しかし、それでも、私は、CALL4が、当事者の人たちの声を中心とすることを大切にしたい。人が、自分たちの人生を自分たちで選び取っていくこと、それ以上に尊重されるべきことを私は知らない。

冷笑や揶揄に覆われた虚構の言説に絡め取られてしまった先には諦めしかないと思うから、新しい年の初めに、改めてそのことを胸に刻みたいと思う。

⽂/谷口太規(CALL4)
編集/丸山央里絵(CALL4)