2020.11.18

情報公開訴訟で考える 守る情報 or 知る権利 線引きどこ?

CALL4 1周年イベントレポート Vol.2

こんにちは、CALL4の久保⽥です。筆者は法律家ではなく、普段は⼀般企業で働きながらCALL4でプロボノをしています。このnoteでは、市⺠の⽬線でCALL4の活動をご紹介しながら、⾃分も⼀緒に公共訴訟や各ケースの背後にあるイシューを学んでいければと思っています。お付き合い頂けますと幸いです!

今回は、情報公開訴訟のケースをご紹介しながら、「わたしたちの情報をどのように扱うかを、わたしたちで決めていく」ことについて考えたいと思います。
(※本記事は、9⽉10⽇に開催されたオンライントークイベント『情報公開の今』の内容を再編集したものです)

<イベント登壇者>※敬称略
三⽊由希⼦
情報公開クリアリングハウス理事⻑、警察庁秘密個⼈情報ファイル簿情報公開訴訟 原告
曽我部真裕
京都⼤学⼤学院法学研究科教授
森敏之
京都新聞報道部記者、旧優⽣保護法に基づく優⽣⼿術の実態に関する情報公開訴訟 原告
和⽥浩
弁護⼠、旧優⽣保護法に基づく優⽣⼿術の実態に関する情報公開訴訟 弁護団
井桁⼤介
弁護⼠、CALL4副代表 ※ファシリテーター

CALL4が扱うケースのなかには、情報公開に関する訴訟があります。「情報公開」という⾔葉は⽿慣れないですが、わたしたちの知る権利を守るための制度です。⾏政など公的機関が持っている情報は、本来は市⺠のもので、公開されるべき情報は隠されてはいけません。情報の公開制度は、市⺠が声を上げて⾏政を動かしながら整備されてきた歴史がありました。

1. 警察はわたしたちのどんな個⼈情報を持っているのか

最近では、デジタル庁の新設が話題になりましたが、⾏政は私たちの情報をどのように扱っているのでしょうか。また、警察をはじめとする公権⼒はどんな個⼈情報を蓄積し、捜査に活⽤しているのでしょうか。あまり明らかになることはありませんよね。昨年は、Tカード情報が会員情報やポイント履歴などを、裁判所の令状なしに捜査機関に提供していたというニュースもありました。情報公開クリアリングハウスという特定⾮営利活動法⼈は、警察庁の持つ情報について情報公開を求めています。

情報公開クリアリングハウスは、1980年に「情報公開法を求める市⺠運動」として発⾜し、情報公開、公⽂書の管理、個⼈情報保護といった情報と市⺠の関係にかかわる制度づくりを続けてきました。理事⻑の三⽊さんは、学⽣時代にセンター試験の得点の開⽰請求をした経験をきっかけに「情報公開を求める市⺠運動」に加わり、その後も情報公開クリアリングハウス設⽴と共に情報公開制度の整備に関わってこられた第⼀⼈者です。

2016年5⽉、情報公開クリアリングハウスは警察庁に対して「秘密個⼈情報ファイルの管理簿」のファイル数、名称、含まれる個⼈情報の概要について情報公開請求を⾏いました。開⽰されたのは、ほとんどが⿊塗りにされた⽂書でした。(※下図参照)

⾏政機関が個⼈情報ファイルを保有する場合は、個⼈情報ファイル簿を作成して、どんな情報を保有しているかを公表することが法律で定められています。ただし、外交、防衛、犯罪捜査等に関するファイルについては例外とされ、これらのファイル簿は⾮公開とされています。「秘密個⼈情報ファイルの管理簿」とはこの⾮公開のファイル簿のことを指します。

三⽊:どのような種類の個⼈情報が、どの組織で、どれほどの期間、どのような⽬的で収集され、使われているか。それを明らかにして、私たち⼀般市⺠の議論の対象にしないといけない。ファイル簿はこれらを登録しているものです。こういった情報の公開がないと、⼈権との抵触が懸念される刑事司法のような分野は、特に個別ケースの情報公開が難しいので、公的機関がどう動いているかをチェックする機会がなくなってしまうことになります。(CALL4:ストーリーぺージより)

⿊塗りの⼀部開⽰決定を受け、情報公開クリアリングハウスは審査請求という不服申し⽴て⼿続きを取りました。審査請求をすると、専⾨家により構成される「情報公開・個⼈情報保護審査会」などの第三者機関が⽂書中⾝を確認し、公開可否を審査して答申を⾏うしくみがあります。しかしこの時は審査請求でも⽂書の開⽰範囲が変わらなかったため、2018年3⽉、情報公開クリアリングハウスは不開⽰決定の取り消しを求めて提訴に⾄りました。

2. 内容を⾒ないで、「情報を公開すべきかどうか」を決める裁判

「秘密個⼈情報のファイル簿」は、訴訟によって公開範囲を争うことになりましたが、現在、裁判は⼀つの課題にぶつかっています。

「実は、裁判所は⽂書の⿊塗り部分に何が書かれているかを⾒ないで審理しているんです」と三⽊さんは⾔います。情報の中⾝を⾒ないで、情報の公開範囲を決めるってどういうことでしょうか。

三⽊:裁判所だけが⾮公開部分を⾒て審理する⼿続きは、制度上作ればできなくはないのですが(この制度のことを「インカメラ審理」と⾔います)、今はインカメラ審理ができない前提になっています。裁判所は「何が書かれているかを警察庁から主張させる」ことはできますが、「具体的に何が書かれているかは⾒ることができない」ということなので、個別にこの部分を公開しなさいという判断は事実上かなり難しいんですね。

三⽊さんによれば、クリアリングハウスが⾏なっている別の裁判でも、事実上インカメラ審理ができないために判断ができないという趣旨の判決も出ており、今回の裁判も不利な判断が出る可能性があると⾔います。

<インカメラ⼿続きとは>
インカメラ⼿続とは、開⽰請求の対象とされた⾏政⽂書等または保有個⼈情報を⾏政庁に提⽰させ、実際に、当該⽂書等を確認して審理をする権限のことをいいます。インカメラ⼿続は、⾏政庁が不開⽰の理由とした情報が実際に対象⽂書等に記載されているのか、開⽰・不開⽰の判断が違法・不当でないか、部分開⽰が適切に⾏われているか、存否応答拒否(対象⽂書が存在するかどうかすらを拒否する対応)が適切に⾏われているか等を的確かつ適切に判断するために、極めて有効とされています(宇賀克也『新・情報公開法の築城解説[第8版]』269⾴以下)。アメリカやカナダでは明⽂でインカメラ審理が認められており、効果を発揮しています。

情報の公開の可否を問う裁判なのに、どうして⽇本の裁判では情報を⾒ないで判断する仕組みになっているのでしょうか。背景には、裁判という開かれた場で、⾮公開にする情報を決めていく、という特殊な事情がありました。情報公開に詳しい憲法学者の曽我部教授はこう⾔います。

曽我部:結局、訴訟というのは公開なので証拠も原告、被告、両⽅が⾒ないといけないという、武器対等の原則があるわけですけれども、情報公開の場合は凄く特殊で、証拠として提出した瞬間、⾮公開にした意味がなくなってしまうわけですよね。情報公開というのは原則公開なんだけれども、公開すると何か弊害がある(プライバシーを侵害するとか、企業の利益が害されてしまう)場合に、例外的に⾮公開にするということなんです。しかし何が書いてあるのかを⾒られないと、どういう弊害があるのかも分からないので、⽂書を⾒ないと凄くざっくり抽象的な理由で開⽰、⾮開⽰を判断するということになってしまうので、裁判の場合は難しいところがあると思います。

三⽊さんは2001年に情報公開法が作られるときからインカメラ制度の法制化に尽⼒されてきました。

三⽊:2011年に政府提出法案で情報公開法の改正法が出していて、そのときにはインカメラの⼿続きを⼊れたんですが、震災があったりして審議に⼊れないまま衆議院解散して廃案になって、今それきりになっちゃってるんですね。情報公開法を変えることで、国の情報公開訴訟がインカメラできるようにするのと、⾃治体の訴訟でもインカメラができるように規定は整理したんですよ。今は進んでいないので、法律を変える話をしなきゃいけないというところですね。

⽇本では情報公開の制度⾃体が⽐較的新しく、試⾏錯誤の上に改善していく必要があるものなのかもしれません。法律は「守るもの」というイメージがありますが、「無いところから成⽴に携わる」「不具合を改善していく」「育てていく」という三⽊さんの姿勢にはっとします。

3. 情報の取り扱いは、請求する⼈がいるから決まる

ここまで、「情報の公開範囲を決めるプロセス」についてお話ししてきましたが、公開と⾮公開はどんな基準で判断しているのでしょうか。ここからは、情報公開訴訟の例をもう⼀件ご紹介しながら、「情報の公開範囲の決め⽅」について考えてみます。

2017年12⽉、京都新聞社の記者である森さんは、滋賀県に旧優⽣保護法に基づく優⽣⼿術の実態に関する⽂書の公開請求をしました。

森さんは、旧優⽣保護法(1948〜96年)下で⾏われた、障害や疾病がある⼈への強制的な不妊⼿術について、取材を重ねて京都新聞で特集記事を連載しています。強制不妊⼿術の問題では、被害の性質から当事者が⼝を閉ざすケースも多く、当時どんな理由が科学的とされ、何を根拠に強制不妊⼿術が正
当化されてきたかという実態を知るためには
、被害者の⽣育歴や病歴、家庭の状況、年齢のほか、⼿術に⾄る過程など、公的資料が極めて重要な意味を持っています。

森:実態が分からなければ検証も不可能だし、ましてや再発防⽌策を取ることも不可能なんですね。私達が開⽰を求めている資料というのは、まさに過去の公権⼒による⼈権侵害の記録だというふうに思っておりまして、特にこの資料というのは全員分残っているわけじゃないんですね。⾏政が保存期限切れという⼀⽅的な都合によって⼤半を廃棄しているんです。資料のない⼈に関しては全くどういう理由で⼿術が⾏われたかというのは⼀切分からないんですね。ですからそういう⾯でも今残ってる資料の発病後の経過とか現在の症状とか遺
伝関係とか⽣活状況とかは極めて重要なんです。

しかしこちらも公開されたのは⿊塗りの⽂書でした。森さんは先ほどの三⽊さんのケースと同じく、審査請求の⼿続きを取りました。

滋賀県公⽂書管理・情報公開・個⼈情報保護審議会からは、県が不開⽰とした部分のうち、個⼈を識別できるという⼀部の情報を除いては、公開すべきという答申が出ました。しかし、滋賀県知事はこの答申に反し、不開⽰を維持するという裁決が⾏われたため、森さんは「答申の通り開⽰を義務付けること」と「答申に反してなされた裁決の取り消し」を求めて、2020年8⽉に訴訟を提訴しました。

専⾨家による第三者機関である情報公開・個⼈情報保護審査会の答申に反した裁決が出るとはどういうことなのでしょうか。曽我部さんによれば、「審査会の答申には法的拘束⼒はないが、専⾨家の検討結果として、限りなく尊重されるべきもの」であり、「従わないことは違法ではないが、なぜ従わないかの理由を明確に説明すべき」ということでした。

審査会では、⾮公開とされた情報のどんな点を審査しているのでしょうか。例えば、過去の検証により、強制不妊⼿術を受けた当事者を救済するなどの観点は配慮されるのでしょうか。曽我部さんと三⽊さんは、⾃治体の情報公開・個⼈情報保護審査会の委員をされています。審査会での公開⾮公開の判断基準について伺いました。

三⽊:情報公開訴訟ってちょっと特殊で、個⼈のニーズとかってあんまり関係なかったりするんです。どうしても⾃分には必要なんですっていうその⼈のニーズに応えちゃうと、同じ請求が来たら全ての⼈に等しく出すことになるんです。すべての⼈に同じ範囲を公開しますという制度なので、この⼈に対してなら公開して⼤丈夫だという判断ができない。
ただし、公益性の判断になったときは、案件ごとにそれが公益性があるかどうかとか、例えば今回の旧優⽣保護法の件で⾔うと、個⼈のプライバシーを制約してでも公開する公益性があるかどうかという判断が規定上できるようになっています。
公開の基準は、案件の公共性、公益性の判断になります。
曽我部:今、三⽊さんが仰ったのと私もだいたい同感なんですけど、そもそも情報公開制度⾃体が個⼈の救済というよりは公益を実現するという側⾯が強いですので、「個⼈の利益を救済するためにこれはぜひ公開しなきゃいけない」というよりは、「公共性が⾼いので公開すべき」と思う⽅が多いかなとは思います。実際に今回の滋賀の案件の元々の滋賀県の審査会もまさにそういう理由で公開だと⾔ってるわけです。

情報の取り扱いは、私たちの社会で「どんな情報を公共的な財産として共有して」「どんな情報は守られる必要があるのか」というそのせめぎ合いの中で決まっているのだと感じました。

三⽊:結局情報公開って制度⾃体がこの情報は⿊です⽩ですって塗り分けてくれてないんですよ。⾮公開の規定ってある意味曖昧というか、こういう要件でこういう場合には⾮公開になりますよっていう条件を定めているだけなので、実際にどういうものを公開にして⾮公開にするかって、そんなに綺麗に⽩⿊塗り分けられないんですよね。なので、グレーゾーンが凄い広い状態なんですよ。このグレーゾーンが⽩か⿊かっていうことが分かっていくのは請求する⼈がいて争う⼈がいて初めてそこができるっていうのがあるんですね。

制度を使っていくこと、その都度話し合って取り扱いを決めていくことによって、制度が育っていく。わたしたち市⺠で、社会のしくみを作ることに参加できるなんて、考えたことがなかったなと感じます。

4. 市⺠で育てる情報公開制度

とはいえ、私たちが今すぐに情報公開制度を使いこなすのは難しいかもしれません。さらには公開範囲を争って訴訟を起こすのはもっとハードルがありますよね。三⽊さんが訴訟をするかどうかを決めるメルクマールを語ってくれました。

三⽊:基本的には筋です。訴訟って結構エネルギーも必要だし、やたらめったらできない。基本的には、ある論点についての判断や解釈を、よくも悪くも引き出すとか、意味があるとかですね。あとは勝てる要素があるとか、それをやることによって制度の解釈が成⻑するとか。私達の場合って情報公開制度そのものに関⼼を持って活動しているので、どうやって制度を成⻑させるかっていうのが、訴訟を起こすかどうかの判断基準になっています。
訴訟って⼿段なので⽬的じゃないんですよね。
訴訟は最後の1つの⼿段としてありますよということで、どうしてもその⼿段を使うことがあったときには、1つの選択肢としてCALL4のようなクラウドファンディングを使ったりとか、そこで仲間を集うとかですね、そういう⽅法で可能性を模索していくのにこういうプラットフォームがあるっていうのはとても⼼強いと思います。まず訴訟を⽬指すのではなくて、情報公開を求めなければスタートラインにも⽴てないので、まずそこを多くの⼈に⽴って頂きたいなという⾵には思います。

まずは情報公開訴訟をシェアしたり、応援することから、情報公開の制度を育てる取り組みに参加しても良いのかもしれません。三⽊さんたちの活動を知るうちに、いつか⾃分で情報公開請求をする⽇も来るかも?

ご興味を持たれた方は、三木さんのストーリーもぜひご覧ください。サポートは「関連ケース」からお願いします。

⽂/久保田紗代(CALL4)
編集/丸山央里絵(CALL4)