「平等」って、なんだろう?—同性婚訴訟原告の声から始まる哲学対話
2026年9月5日、6日に東京のSHIBAURA HOUSEで開催された7周年記念CALL4フェス。当日は公共訴訟に関心を寄せる多くの方々が、会場に足を運んでくださいました。
今年のフェスのテーマは「ひとりの声をみんなの問いに」。あらゆる角度から公共訴訟や法の支配に迫ったステージ企画の様子を、シリーズでレポートします。
9月6日に行われた「『平等』って、なんだろう?|同性婚を求める当事者の声を聴いて、”哲学対話”をしよう」では、前半に「結婚の自由をすべての人に」訴訟の原告である大江千束さん、小川葉子さんに当事者としての経験を、同訴訟の代理人の三浦徹也弁護士に裁判で問おうとしているものを語っていただきました。後半は参加者がグループに分かれて、私たちが目指す「平等」とは何かを問いかけ合い、ともに探す哲学対話を行いました。
大江千束さん 「結婚の自由をすべての人に」訴訟・原告。小川葉子さんのパートナー。20代後半で当事者団体とつながり、現在に至るまで複数のセクシュアルマイノリティ当事者団体で活動を行う。
小川葉子さん 「結婚の自由をすべての人に」訴訟・原告。大江千束さんのパートナー。レズビアンやバイセクシュアル女性のためのセンターLOUD(ラウド)に参加し、のちに副代表として運営を担う(LOUDは2022年に活動終了)。
三浦徹也さん 弁護士。2018年弁護士登録。2019年より「結婚の自由をすべての人に」訴訟東京弁護団に所属。
MC・ファシリテーター:田代伶奈(CALL4メンバー)

前半|同性婚訴訟の原告が語る、これまでの経験と制度への思い
本トークセッションは、「結婚の自由をすべての人に」訴訟(以下「同性婚訴訟」)の弁護団のひとりである三浦弁護士と、同訴訟の原告である大江千束さん、小川葉子さんの3人による自己紹介から始まりました。
大江さんと小川さんは、同性カップルとして35年以上にわたって生活をともにしています。現在は同性婚訴訟の原告として、同性カップルも異性カップルと同じように法律婚を選択できる社会を求めています。
三浦弁護士は冒頭、「『哲学対話って何だろう』という形でお集まりいただいている方も多いと思いますけれども、我々も何だろうと思いながら参加しております(笑)」と会場を和ませながら、同性婚訴訟の説明を始めました。
CALL4にも掲載されている同性婚訴訟は、2019年2月14日のバレンタインデーに、札幌・東京・名古屋・大阪の4つの地方裁判所で一斉に提起された訴訟(同年9月に福岡で提訴、2021年3月に東京で追加提訴)。
法律上の性別が同性であるカップルが婚姻できない現行制度について、憲法13条、14条1項、24条などに違反するとして、その違憲性を問うものです。
これまで、東京高裁(二次)を除く5つの高裁で、同性婚を認めない現行制度を違憲とする判断が示されています。現在、全国の6件すべての訴訟が最高裁大法廷に係属しており、2026年度中にも最高裁による統一的な憲法判断が示されることが見込まれています。
三浦弁護士は、「セクシュアルマイノリティはどれくらい存在するかというと、色んな統計はあるが、大体10%前後といわれています。10%はおおざっぱにいうと、左利きの割合と同じくらいです。あなたは左利きだから、自分の望む人と結婚できないよと言われたとして、納得できないですよね」と続けます。

「自分はおかしいのではないか」——セクシュアリティを自覚し、隠して生きた日々
続いて、原告のふたりが自身のセクシュアリティを自覚した頃の経験を振り返りました。
「私は中学生の後半くらいから高校生になった時くらいに、男の子の友達とか、男子生徒で仲いい人もいたが、恋愛的な感情を抱いたり、この人素敵だなと思ったのは女性だった気がします。そこからなんとなく、私も『もしかしたら』と思うようになりました。
今は違うのですが、その当時、広辞苑とか辞書で調べると、『同性愛』というのは、『異常性愛』とか、『変態』とか、思いたくもないくらい嫌な言葉がたくさん並んでいたのです。私が女性に対してほのかな気持ちを抱いているのは、気持ち悪い存在だからなんじゃないか、人に言っちゃいけないんじゃないかと思うようになり、すごく戸惑いました。こういうことが親や友達に知られると、私はどうなるんだろうと思いました。これからの私の人生をどうやって生きていけばいいのか分からないという戸惑いがあって、すごくドキドキしました。人に知られてはいけない感情だと思って、ひとりで抱え込んでしまいました」(小川さん)
「私は高校生の時に、自分は同性愛者かもしれないと自覚というか、自認がありました。同級生で、すごく仲良くなった親友のような人がいたのですが、告白まではできませんでした。告白をすれば、親友という関係性が壊れてしまうのではないかという恐怖があって、ひたすら親友にとどめていたのですが、その頃から自分は、同性と関係性を持つ方が、心地良かったり、生きやすかったり、自分らしいかなという自覚はありました。
確かに、国語辞典で調べると『性的倒錯』とか『異常性愛』と出てくるので、ああという感じもあったのですが、私の場合は、ずっとロックとかの音楽が好きで、70年代のイギリスのロックシーンで、グラムロック(※1)というのが流行りまして、ユニセックスだったり、ゲイ宣言、バイセクシュアル宣言をするミュージシャンが結構いて、私の好きな人たちはこういう特性のある人たちだ、『カッコいいじゃん』とネガティブに受け取ることがなかったのが幸いでした」(大江さん)
※1 グラムロック…イギリスで1960年代後半から1970年代前半にかけて流行したロックのジャンル。グラムロックは、派手な衣装や化粧、演劇的なステージパフォーマンスを特徴としていた。
大江さんは、好きな音楽の世界を通して、自分と同じような存在が世の中にいると知っていたことが、救いになった側面もあると語ります。
もっとも、当時は同性のパートナーと生きていくことや、結婚することは想像すらしづらいものでした。
大江さんは、「同性愛者で生きていくということは、結婚はできないと思っていたし、一生自分で自分の身を立てていくという覚悟をしました」と続けます。
そして、小川さんも、「やはり男性と私は結婚しないんだろうなと思った。両親が望んでいるような、結婚をして子どもを持つとか、親に孫の顔を見せるとか、そういうことから私は外れるから、すごい私は『親不孝』なんだなと思って、自分を責めてしまった。自分のなかではつらい感情だったが、若いころは乗り越えられない部分として非常につらかったことを覚えている」と語ります。

社会に出てからも、ふたりはさまざまな場面で、異性愛を前提とした社会との間にあるギャップを経験してきました。
「私が学校を卒業して就職した会社では社内結婚があちこちであって、みんな社内の中でお相手を探しているから、『彼氏いないの?』『結婚しないの?』という話題を振られるんですよね。職場の中の潤滑油のような感じで、プライベートなことを言われて、私は困ったなと思って、そんなつもりはないんだけど、どうしようかなと思ったあげく、不思議ちゃんみたいなキャラクターを作って、そういった恋バナみたいなことを振られない人間を作って仕事してました」(大江さん)
「私もやっぱり社内で働いていて、恋愛話とかいろいろあるんだけども、その時付き合っている人のことを、あたかも女性じゃなくて男性、私が付き合っているのが男性のように置き換えて話したりしました。そういうのって、だんだん話がおかしくなってくるんですよね(笑)。でも、男性に置き換えたことによって、自分でもなんか、付き合ってる人に悪いなと思ったりとか、そんな風に表現しなきゃいけないのは、苦しいなとすごく感じました」(小川さん)
必ずしも明白な差別的発言がなくとも、シスジェンダーの異性愛者であることを前提とするコミュニケーションそのものが、ふたりに恋愛の話題を避けるキャラクターを演じる必要性や、架空の異性の恋人を設定する必要性を生じさせていたのです。
ふたりで生きる中で出会った、壁と支え
その後、大江さんと小川さんのふたりは出会い、生活をともにするようになります。しかし、同性カップルとしてふたりで暮らすことにも、さまざまな困難があったと言います。
大江さんは、ふたりで住む家を探す際、不動産会社から「ルームシェア」をすることを前提に物件を紹介された経験を語ります。
「まず、ふたりで住むお家を探すときに、不動産屋さんに行くと友達同士のルームシェアをするっていう前提で、『住み分けのできる部屋がいいですよね?』っていう、こっちは全然そんなこと気にしてないんだけど、お互いの部屋を通らずにすみ分けて暮らせる、廊下があるとか2Kとか2DKのお部屋ばっかり紹介されましたね」(大江さん)
大江さんは、「今だったらガンガン言っちゃうかもしれないんですけど、当時はちょっとしか言い返せませんでした(笑)」と会場を和ませます。
一方で、小川さんは地域で暮らす中で、温かい経験もあったと言います。
「上の階に住んでるおばあちゃんは、私たちよりも先輩だったんですけども、『いいわね。いつも女性で二人同士で仲良くてね』という言葉をかけて下さったりとか、3階に住んでいた方で足が悪かったので、『ゴミ出しますわたし』とか言ったら、『女同士で気楽に住めるのが一番いいよね。私もそうしたいくらい』と言ってくれた。でも、そのおばあさんに、私たちはレズビアンのカップルですとは、さすがに言えませんでした。誤解されるのも嫌だったので。それはちょっと面白いエピソードだったりしました」(小川さん)
そして、大江さんは、自分の大事なパートナーをとるのか、そのために家族との縁を切るのかという重い決断に迫られたときの話をします。
「ふたりでちょっと共著なんですけど、本の執筆をしたんですね。『同性愛って何?』っていう、かなり古い本なんですけども。それをですね、私のいとこが本屋さんで見つけまして、あーってなって。それで親戚中に私がレズビアンだということが知れ渡ったんです。それでうちの父が、兄弟たちから『お前の娘はいったい何だ』というふうに言われてて、親ってね、何も言えないんですよね。言い返せなくて。大晦日の日に家族会議をやるってことになって、そこに私は乗り込んでいって、親戚縁者の前で自分のことを説明したんですね。『自分は絶対悪くない。おかしいことじゃない』って言うと決めていたんだけど、結局は、わあわあ泣きながらのカミングアウトになって。でも、大事なパートナーがいるので、パートナーを認めないということであれば、こちらから縁を切らせていただきますというような、そういったくだりがありました」(大江さん)

その後、ふたりは中野区で第1号のパートナーシップ宣誓をしました。
小川さんはパートナーシップ宣誓をしたことが区報に掲載されたことで、思いがけない経験をしたといいます。
「中野区のパートナーシップ、第1号になった時に紙面の区報に載っちゃったんですよ。私と大江の後ろ姿だったと思うんですけども、わかる人にはわかるんですよね。そしたらね、ある日、お隣に住んでいらっしゃる方に、『小川さん!』と呼び止められて、何か私したかなと思ってたら、『区報見たわよ』と言われて、何か文句言われるかなと思ったけれど、『私そういう人たち、おかしいと思ってないから。応援するから。色んな人が結婚できたら、そりゃいいわよね』と言ってくださって、そういう経験もありました。
そして、私は地域でずっと保護猫活動をしているんですが、自分のセクシュアリティを保護猫活動で打ち明ける必要はないと思っていたので、別に隠していたつもりもなかったけれど、ずっと黙っていたんです。そしたらね、やっぱり区報を見て知った、一緒に動いていた私より先輩の方が、私と大江にってことで、猫ちゃんの可愛いクッキーとかお菓子の詰め合わせをくれて。それと一緒に、『猫にも、いろんな動物にも、それから人間にも優しい中野区になってくれたら、保護猫活動もやりやすいよね。これからもよろしく』と書いたメッセージをくれて、涙が出てくるくらいすごく嬉しかったです」(小川さん)
また、大江さんは、パートナーシップ制度には法的効力がないという限界に触れながらも、自身が手術を受ける際、パートナーを保証人や同意書の記載者として認めてもらえるよう、パートナーシップ宣誓書を持って病院側に説明したところ、最終的には認めてもらうことができ、それはパートナーシップ制度の良かったところだといいます。
なぜ「婚姻」でなければならないのか
では、長年にわたって同性パートナーとして生活し、さらに同性婚訴訟の原告となったことで、おふたりの結婚制度に対する考え方は変わったのでしょうか。
大江さんは、もともと同性婚を求めることに対して、コミュニティ内にもさまざまな意見があったと説明しました。
既存の婚姻制度には、家制度や家父長制、戸籍など、ジェンダー平等の観点から問題があるのではないか。そうした制度に同性カップルまで入っていく必要があるのか、という批判もあったといいます。
大江さん自身も、そうした批判には「本当におっしゃる通りだと思います」と話します。
それでも同性婚を求める理由として、大江さんが挙げたのは、長年生活をともにしたからこそ実感する「究極の不測の事態」における配偶者の法的地位でした。
「カップル関係って、いいときはいいんです。ほっといても。でも、何かあったとき。本当に究極の不測の事態のときって、配偶者って、すごいもう打って出るジョーカーみたいなカードなんですよね。でも、配偶者ってことを、同性婚がないから言えないんですよ。『未届けの妻』とか、ああだこうだ言ってもピンとこなかったり。まだ内縁関係も同性同士はダメなので。権利とか義務って、いろいろと苦境に至った時こそ力を発揮するのだなっていう実感を今すごくしています。配偶者強しです」(大江さん)
両親を見送り、現在はふたりだけで生活しているからこそ、年齢を重ねる中で、権利や義務は困難な場面でこそ力を発揮することを実感するようになったといいます。
一方の小川さんも、原告になった当初は、今の法律婚にある様々な問題を理由に、必ずしも結婚制度に賛成していたわけではありませんでした。
もっとも、同性カップルの場合、婚姻制度がないことで、養子縁組など別の制度を選択せざるを得ないケースがあることに問題を感じるようになったといいます。
「やはり同性愛者の人たちで、カップルの人たちというのは、結婚制度がないために養子縁組をせざるを得なかったりとか、そういった選択肢の幅が狭まるんですね。結婚という選択肢は、多くの人が別に自分で選べばいいってことだと思うので、その選ぶ選択肢もないのはおかしいという観点から、やはり原告になっていきました」(小川さん)
小川さんにとって、同性婚を求めることは、すべての同性カップルが結婚すべきだという意味ではありません。
結婚を選ぶのか、養子縁組を選ぶのか、公正証書を残すのか。それぞれが自分に合った制度を選べることが重要であり、そもそも、それらの「選択肢から選ぶ」という「土台」に立つことができないことが不平等なのだと語りました。

三浦弁護士は、おふたりに、「パートナーシップ制度のような婚姻とは別の制度ではなく、あくまで異性愛者と同じ婚姻制度でなければならない理由」について問いかけました。
それに対して、大江さんは、同性婚訴訟を通じて一貫して重視してきたのが、憲法14条の「法の下の平等」だったと話します。
「LGBTQの人権っていうのは、多分新しい概念だと思うんです。なので、すごく世の中の人たちもどう受け取ったらいいのかなっていうところは確かにあると思います。けれど、この後、三浦さんからしっかりご報告というか説明があると思いますけれども、14条の法の下の平等というところが私にとっては全てを司っているかなっていうような気持ちで裁判を進めてまいりました」(大江さん)
パートナーシップ制度があっても、法的効力はありません。そのような状態は、法的な保障がある婚姻制度と同じように、「法の下の平等」といえるのでしょうか。大江さんは、私たちにその問いを投げかけます。
小川さんも、改めて「選択肢がない」ことの問題点を指摘します。
どのような関係を築き、どの制度を利用するのかを自分自身で選択できること。そして、その選択肢が同性カップルにも同じように開かれていること。それ自体が「平等」の問題として捉えられているのです。
「合理性」とは、誰にとっても納得できる理由なのか
その流れで、三浦弁護士から、同性婚訴訟における憲法上の議論について説明がありました。
同性婚訴訟では、憲法13条、14条、24条などが問題となっています。三浦弁護士は、その中でも今回のテーマである「平等」に関わる憲法14条について説明しました。
「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」
三浦弁護士によると、これまで積み重ねられた最高裁判例では、法律が人を区別しているときに、その区別・取り扱いの合理性の有無が検討されます。合理性がなければ、憲法14条に違反することになります。他方で、合理性があるならば、その区別・取り扱いは憲法14条に反するとまでは言えません。
同性婚訴訟で問題となっているのは、法律上の性別が異性であるカップルには婚姻を認めながら、同性であるカップルには認めていないという区別に、合理的な理由があるのかという点です。
では、「合理性」とは何なのでしょうか。三浦弁護士は以下のように続けます。
「国や法律が人を区別するわけですよね。そうすると、A・Bと区別されたときに、Aにとっても、Bにとっても納得できる理由によってその制度というのが支えられてますか?っていうのが『合理性』だと思うんです。憲法13条には、『すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』と書かれてあって、どういう人でも、どんな生き方であっても最大限の尊重を必要とするわけです。そうすると、国が、Aさんにはこう、Bさんにはこう、と分けるんだったら、Aにとっても、Bにとっても、それぞれの生き方が尊重されるような線引きじゃないといけないわけなんですね。これが合理性の本質だと思っています」(三浦弁護士)
そのように考えると、現在の婚姻制度は、同性カップルとして実際に生活している大江さんと小川さんの存在を想定しているのか。同性カップルにも納得できる理由によって、制度が構築されているのか。
三浦弁護士は、同性婚訴訟では、まさにこの点が問われていると説明しました。
そして、後半パートの哲学対話では、こうした「合理性」の考え方もひとつの手がかりとして、「本当にみんなが納得できる理由で、その区別・取扱いがされているのか」を参加者とともに考えていくことになりました。

後半|哲学対話で「平等」を問い合う
後半パートでは、38人の参加希望者が残って5つのグループに分かれ、哲学対話が行われました。哲学対話とは、正解のない問いをもとに参加者同士が考えを深め、互いに聴き合いながら理解を探求する対話の手法です。ファシリテーターが画用紙とペンを持ち、グループ内で出てきた質問を床に並べていきます。
はじめの画用紙には、最初からただ一つ「平等とは何か」とだけ書かれています。
「平等ではない」と感じるのは、どんなとき?
「そもそも、『平等とは何か』を考えることはあまりないですよね」
あるグループでは、その言葉をきっかけに、「じゃあ逆に、『平等ではない』と感じるときは、どういう時だと思いますか?」という次の問いが生まれました。
「生まれた場所、性別、国籍、容姿。自分の力では変えられないものによって、自分の人生の選択肢が左右されるときに、不平等を感じる」という声が続きます。
同性婚の話も出ました。
異性カップルには婚姻という制度があるのに、同性カップルには同じ制度が用意されていない。パートナーシップ制度があっても、別の自治体に移動した際に再申請が必要となったり、移動した先でパートナーシップ制度がない場合もある。これは「平等」とはいえないのではないか。
「じゃあ、平等って、同じ土俵に立てることなんですかね?」
「きちんと選択肢があるってこと?」
「でも、みんな同じ状態になることが『平等』なのかというと、それも違う気がします」
「徒競走で全員が一緒にゴールすることを『平等』と呼ぶこともできる。けれども、そこにはどこか違和感がある」
そんな対話によって、次に“何を基準に「平等」を考えるべきなのか”という問いが始まります。機会なのか、結果なのか、権利なのか。それとも選択肢なのか。仮に機会の均等の実現を目指すとして、どういう均等が必要なのか。
人それぞれ基準にしているものが違うから、「平等」はひとりひとり違う。
では、「平等」こそが、みんなの目指すべきものだという前提は正しいのか?
それでも、私たちが目指すべき普遍的な「平等」は存在するのではないか?

不平等は、なぜ見えにくいのか
複数のグループで、議論はさらに「不平等に気づくこと」へと進みました。
「自分が『平等じゃない』と感じる時はいつなんでしょう?」
「不平等って、当事者でないと気づきにくいのではないでしょうか?」
「“同性愛は禁止”という『不平等』が当たり前の社会だとすると、自分が当事者でなければ、それを『不平等』と気づけないのではないか。そして、自分が当事者であったとしても、『不平等』と思うよりも、『私がおかしい』と思ってしまうのかもしれない」
自分が不利益を受けていなければ、社会は平等に見える。私たちは「平等」を望むものの、そもそも「平等ではない」と気づくことが、意外と難しいのかもしれない。
参加者のある男性は、「自分がこれまで生きてきて、何かしら社会の『不平等』を感じたことがない」と伝えます。「けれど、それは社会に『不平等』がないという意味ではない」とも付け加えます。
そこから、“むしろ不平等を感じないこと自体が自分の持っている特権によって生まれているのかもしれない”という議論につながります。
沖縄に米軍基地が集中していることや、社会の中で少数者が置かれている状況も、自分がその立場にいなければ見えにくい。そして、そうしたことに無自覚な人々が「不平等」を作り出しているのではないか?「特権」とは、「不平等」を感じないことなのではないか?
「どこに『パワーダイナミクス(power dynamics)(※2)』が隠れているかを特権側が認識する必要がある」という声も上がります。
※2 パワーダイナミクス…英語で権力や力を表す「power」と、力関係や変化の動態を表す「dynamics」を合わせた言葉。組織や人間関係における権力や力関係のバランス、およびその変化の仕組みのこと。ここでは表向きの対等さの裏に潜む、実質的な主導権や見えない上下関係のことを指す
それでは、「パワーダイナミクス」が隠れているとして、それをどうすれば認識できるのか? 「不平等」を感じた当事者と、感じさせてしまった当事者同士での、できる範囲での対話をすればよいのか? それは「不平等」を被った当事者に「声を上げさせる」という負担を押し付けることにならないのか? 自分が相手を「平等」に扱ってよいと考えるときも、結局そこにはどこか特権性のようなものが隠れているのではないか?
私たち一人ひとりには、固有の“多数派の部分”と“少数派の部分”がある。そのせいで、時に人を傷付け、時に人に傷付けられてしまう。自分は相手を「平等」に扱っているつもりでも、相手は「不平等」だと感じているかもしれない。だからこそ、自分の立場を知り、相手の置かれた状況を知る。そして、自分の中にある特権や、見えていなかった力関係にも目を向ける努力をする。そうすれば、「不平等」に気づくことができるのかもしれない。
とはいえ明確な答えは見つかりません。
それでも、“どうすれば不平等に気づけるか”の議論が続きます。

それでも、「平等とは何か」に戻ってくる
「平等」と「公正」の違いは何か。「不平等」と「不公平」の違いは何か。「平等」を達成するために権利の調整が必要なのか。Aの「平等」と、Bの「平等」が対立する時、どちらを優先すべきなのか。そもそも、権利はパイの奪い合いのようなものではないのだから、「平等」が対立することなどないのではないか。どういう区別なら私たちは許容してよいのか。
どのグループも、さまざまな問いを行ったり来たりしながら、最初の「平等とは何か」という問いに戻ってきます。
個が侵されていない状態や、対話ができる・コミュニケーションができる状態が「平等」ではないか? 「平等」とは、その場限りの誰かの思いやりや対話によって実現されるものではなく、制度化されることで誰もが当然に享受できるものであるべきではないか?
各グループでの哲学対話を終えると、それぞれのグループで生まれた考えを全体で共有する時間が始まります。頷きながら耳を傾ける人もいれば、「そんな考えもあるのか」と少し驚いた様子で聞き入る人もいます。

問いは、対話のあとも続いていく
哲学対話の参加者たちは問い続けました。「平等とは、何なのだろう」と。
それは、「平等とは何か」の答えを決めるためではなく、今まで見えていなかった「不平等」に気づき、分からないままでも、「平等」に近づこうとするために。
原告のふたりと三浦弁護士は、哲学対話を終えて、以下のように述べました。
「本当にこの場でいろいろな議論が出て、いろいろな観点が出て、また個人の努力ではどうにもならなかったりとか、そういったことを、今日初めて会った方々と共有できた時間はとても尊い時間だなと実感しています。皆さん、いろいろな経験の中から鋭いご意見だったりとか、私にはない着眼点が出たりとか、そういうところを知れたのもありがたかったなというようなところです。司法の最高峰が、同性婚ができないのは憲法に反するというような判決を出すであろうという予測でいます。それは、日本が本当に近代化していくということだと思うので、ここにいる皆さんと一緒に見届けていきたいなというふうに思っております。ぜひよろしくお願いします」(大江さん)
「非常に貴重な機会だったと思いました。最後に、こうやってグループワークで、『平等』、『不平等』、それを感じるときはどういう時?っていうのを本音で言い合えたのは、とても私の中では貴重な経験でした。『不平等』だなって思うことは、私たちがレズビアンで生きていると結構多かったりとかします。ただ、それを感じるということが大事で、それがあるということを、色んな方に知ってもらうとか、あるいは他の方が感じている『平等』、『不平等』って何だろうということを今日よく考えられたので、とても勉強になりました。今日はよく眠れないかもしれません(笑)。今日はどうもありがとうございました」(小川さん)
「私は憲法や法律を勉強して、“『平等』というのは、こういう風に判断される”という枠組みの中でしか、『平等』を考えることができていませんでした。だからこそ、日常のなかで、“そういう不安感があるよね”、“こういう悔しい思いをしているよね”、というところを改めて聞きながら、『平等』という言葉を考え直すことができて勉強になりました。
我々のグループでは沖縄の話が出たんですが、『本土の人たちは、なぜそれほど基地負担を引き受けていないの?』と聞かれたときに、本土に住んでいる私たちは、なんというか、『うーん』と黙っていると、勝ててしまうというか、困っている人たちの言葉を封殺できてしまうということを痛感しました。だからこそ、『こういう課題があるんだよ』と、きちんと誰かが発信して、そして、それを受け取れた側が、『それって問題だよね』『不平等だよね』と感じて、共感してアクションするという、まさにCALL4のやっていることの大事さを図らずも実感しました。
そして、グループの中で、『不平等の背景に社会構造があるならば、それは解決しなければならない』という話になったとき、『でも我々も社会の一員ですよね?』という声がありました。人が社会を動かしているのであるから、社会の一員である人たちが、人の痛みに対してきちんと繊細であることが、やはり同じ良い社会、良い国、良い世界を目指す共同体として大事になってくるのではないかと感じたところです。
同性婚訴訟も弁論の期日が指定されれば、すぐに判決という形になってくるので、いよいよというところまで来ています。ぜひ注目して応援していただきたい」(三浦弁護士)
同性婚訴訟をはじめ、CALL4に掲載されているケースには、憲法14条1項が保障する「法の下の平等」を求めるものが少なくありません。こうした訴訟は、これまで見えにくかった制度や社会の問題を明らかにし、「これは本当に平等なのか」と私たちに問いかけています。
「平等とは何か」
その答えを一義的に決めるのではなく、同じ社会を生きる他者と問い続け合うこと。
私たちが見つけた誰かの「不平等」を、自分には関係ないものとして終わらせないこと。
本トークセッションと哲学対話で生まれた「平等」への問いは、対話の時間が終わった後もなお、同じ社会を生きる私たち一人ひとりに残り続けます。

取材・文/花房歩夢(CALL4)
撮影/案納真里江
編集/丸山央里絵(CALL4)