高熱の同房者に毛布を。そう頼んだ彼を、留置担当官はパンツ一枚にして拘束した

2023.4.10

拘束され怪我を負った被留置者と、その違法性を問う弁護団のストーリー

警察署内には、刑事事件の被疑者の身柄を拘束するために「留置場」がある。

留置場では、「留置担当官」と呼ばれる職員が、被留置者の監視及び世話をしている。

留置場内には、規律や秩序の維持という目的のために「保護房 (保護室)」が設けられている。

留置担当官が被留置者を保護房に収容できるのは、被留置者が、

・自傷するおそれがあるとき
・留置担当官に従わず、大声をあげたとき
・他者に危害を加えるおそれがあるとき(他害)
・留置施設の設備や器物を破損するおそれがあるとき

と、法律(※)で定められている。また、戒具(かいぐ)の使用についても、被留置者が、

・逃走のおそれがあるとき
・自傷や他害のおそれがあるとき
・留置施設の設備や器物を破損するおそれがあるとき

に限り、捕縄、手錠、拘束衣、防声具などの戒具を使用すると、法律(※)に記されている。

だが、現実には、上記のいずれにも当たらない被留置者が、戒具で身体を拘束され、保護房と呼ばれる、実質的には懲罰房に収容されることが、日本最大の警察署、新宿警察署(以下、新宿署)内で繰り返されている。

留置場には、犯罪の疑いがある人が一時的に収容されている

2022年7月、新宿署の留置場でこうした事件が起きていることを知り、すぐに当事者のAさんに接見に行った小竹広子弁護士は、そのときの状況をこう話す。

「新宿署で接見したAさんは、両手首に出血と内出血の痕、ミミズばれやかさぶたがあり、右手の甲と薬指のつけ根の辺りは痺れて、皮膚感覚がないといいました。
Aさんの話の正確性を担保するため、私は留置場で彼と同じ房にいたふたりをはじめ、複数の被留置者に話を聞きましたが、保護房から戻った人はみんな、手首から血を流した跡があったと話しています」

保護房に入れられた被留置者は戒具で身体を拘束され、一様に手首に傷を負っている。さらにAさんは、用を足したいと依頼しても、留置担当官から「垂れ流せよ、みんなそうしているから」といわれ、戒具で拘束された状態で用を足させられる辱めを受けている。

留置担当官はなぜAさんを、そして他の被留置者を、保護房に入れた後も戒具で拘束しているのか。新宿警察署の留置場内では、いったい何が起きているのだろうか。

※「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の第214条第1項、及び第213条第1項

▲署員数約700人。その規模は日本一といわれる新宿警察署(中央のビル)

パンツ一枚でうつ伏せにされ縛られる

「前日の夜から同じ房の人が寒がって震えていたんです。留置場ではひとり2枚、毛布を配布されるので、自分ともうひとりの同房者が1枚ずつ、彼に毛布をわたし、かけてあげました」

事前の連絡をせずに面会に行った私たちに、Aさんは最初、少し驚いた表情を見せたが、小竹さんの名前を伝え、ここに来た理由を伝えると「わかりました」といって、去年の7月に自分の身に起きたことを、落ち着いた口調で話し始めた。

「翌朝、彼の体温は38.9度と高かったのですが、留置場内では服を貸すのもダメといわれていたので、毛布の差し入れをお願いしました。コロナも流行っていたので部屋を移したほうがいいのではないかと、担当官さんにはそう伝えました」

「あとで小竹先生や刑事さんから、毛布の差し入れはできると聞きましたが、そのときは無理だといわれて。同房の人たちと担当官に訴えている中で、自分が『(熱がある人を放置するのは)人としてどうなんですか』といったら、班の主任が来て、ブザーを押してサイレンが鳴り、担当官が複数、入って来たんです。
何だろうと思ったけれど、『出ろ』といわれたので従うと、班の主任と部長に両脇から掴まれて、保護房に連れて行かれました。なぜかはわかりませんでした」

1~2時間後に押送がおこなわれ、部屋が空いたら対応するという留置官に、「1時間、熱がある人に毛布も差し入れせず、放置するんですか」とAさんは訴えた。

だが、担当官は「そんなの知らねえよ、上にいってくれよ。俺たちの仕事は収容している人間を統率すること。演技かもしれないし、全部信じてバカ見るわけにいかねえんだよ」と、応えたという。

「保護房では服を脱がされ、パンツ一枚でうつ伏せにされ、手錠と腰ベルトで、身体をぎゅっぎゅっと締め上げられました。手錠が肉に食い込んで、手首が赤黒く変色していました」

「反省したか?と聞かれ、自分のしたことの何が悪いのかわからなかったけれど、痛くて外してもらいたかったので、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝りました。お腹を締められて苦しくて『用便願います』と頼みましたが、『垂れ流せよ』といわれ、そうせざるを得ませんでした」

縛られた状態での排便を余儀なくされ、Aさんはあまりの痛みと情けなさに涙したと話す。そうして床に寝転がされている間、複数の担当官がAさんを見に保護房までやって来て「何したの?」と、からかうように声をかけてきたという。

「自分を見に来た主任には、『みっともないなあ』といわれました」

その後、留置担当官が来て、2時間ほどで戒具を外された。昼頃、Aさんが「服をいただけませんか」と懇願して、ようやく着衣が認められたものの、汚れた下着は替えてもらえなかった。

「7月なのに保護房内はとても寒くて、ボタンを押して流した水で、手を温めていました。中にいた1日半は、ひと晩中、3本の蛍光灯が点いたままです。人は通るので、“ちり紙お願いします”と、頼んでいましたけど、呼んでもなかなか来てもらえませんでした。
食事で出される弁当には箸を入れてもらえないので、手で食べます。その後、石鹼で手を洗うことも、食後、歯を磨くこともできませんでした」

▲弁護団の制作したAさん拘束時の様子の再現イラスト

自分はただ、抗議してもらいたかった

保護房から戻ったAさんは、接見に来た小竹さんから、同じ新宿署の留置場で2017年3月に起きたアルジュンさんの事件のことを知らされる。

2017年3月、拾ったクレジットカードを所持していたネパール人のアルジュンさんは、遺失物横領罪で新宿署に逮捕された。留置担当官は、日本語を理解できない彼の言動を反抗と受け取り、戒具を装着し、保護房に入れた。

アルジュンさんは、その後、検察庁で取り調べ中、片手の手錠を外された途端、意識不明となり、亡くなった。

「事件のことを聞いて、警察の中で人が死ぬようなことが起きるのは間違っていると思いました。ここでは見せしめや懲罰で、人が頻繁に保護房に入れられ、手首に傷を負って戻ってきます。それはおかしいと思うので、抗議してもらいたいと、小竹先生には伝えました」

「罪を犯した自分が留置場に入れられるのは、当然だと思っています。でも、担当官の人にはずっと敬語で話していたし、『人としてどうなんですか』といったことが、懲罰に値するのか……疑問です」

面会時間は20分。あまり思い出したくないはずの話をしてくれたことにお礼をいうと、Aさんは「ありがとうございます」といった。そして「よろしくお願いします」と、静かに頭を下げて、面会室を後にした。

私たちが面会に行ったのは事件の半年後だったが、Aさんの両手首には今も傷跡が残っていた。

Aさんを保護房に収容し、戒具を使用した新宿署の処遇は明らかに法を逸脱している。このことでAさんが受けた苦痛に対する慰謝料として、2022年9月15日、弁護団は165万円の賠償を東京都に求める訴訟を提起している。

▲新宿署へ向かう護送車。留置場での点呼のとき、留置担当官同士が報告し合う際、彼らは大声で怒鳴るという。威圧的な態度をよしとする文化が、多くの署内で今も続いている

国家権力側の暴走がもっとも起こりやすい場所

「Aさんは大人しいというか、暴れたり、常識外れな声を出すようなタイプではありません。そういう人が突然、保護房に連れて行かれたのは、見せしめ以外の何でもないと思います」と、小竹さんはいう。

弁護団のひとりで、NPO法人 監獄人権センター(以下、CPR)の代表を務める海渡(かいど)雄一弁護士もこう続ける。

「痛かったことに加えて辱めを与えることで、被留置者の心をボロボロにしているんです。留置担当官は自分たちの仕事を“収容者を統率すること”といっていますが、ここに本質が現れています。
彼らは、まだ罪を犯したかわからない被留置者と自分たちに、はっきり上下をつけています。人を従わせる、統率するという発想で、国家権力が受刑者や被留置者を虐待する、これはいちばんやってはいけないことです」

自身も大学時代に留置場に入れられた経験がある小竹さんは、保護房での懲罰が、Aさんの心に与えた衝撃は大きいと思います、と話す。

「留置場では、管理する側とされる側で、人間が厳然と分かれています。それまで普通に大学生活を送っていた私は、そのとき自分が一段低い人間に落とされたんだと感じました」

「管理する側・される側が入れ替わることは絶対にありません。差別が構造化された場所は、安心して暴力を振るうことができてしまう世界なんです」

刑事収容施設内の秩序維持、そして被留置者や受刑者を統率するため……。留置担当官にしてみれば、自身の行為を正当化する理由はいろいろある、と小竹さんは続ける。

「法律上の規則はあるけれど、保護房があり、身体を拘束する戒具もあって、要件に合えばそれを使用できるという状況では、どうしても拡大解釈が起こりやすくなります。拘禁施設は放っておくと、不当な公権力の行使が起こりかねない場所で、だから監視システムが必要なんです」

戒具の使用がなぜ、どれほど危険なのか。海渡さんはこう説明する。

「ベルト手錠のことを知らない人は“拘束された手首が、ちょっと赤くなったくらいでしょ”と思うかもしれません。でも、拘束によって血流が止められ、うっ血状態になっているところで血栓ができ、急に戒具を外すことでその血栓が飛んで血管を閉塞させたら、人は死んでしまうんです。新宿署でも、名古屋刑務所でも、血栓症で人が亡くなっています。血流を止めることはしていけないと、刑事施設法にも書かれています」

「それを無視して身体拘束をしていたら、次の犠牲者がでてしまう。それくらい危険なことをしているのに、警察や刑務所の職員にはその認識がありません」

▲釈放後、裁判を起こした小竹さん。自分の話を整然と書面にする弁護士と接して「普通の人と裁判所との翻訳者みたいで、すごいなって。だから逮捕されていなければ弁護士になっていませんでした」

100年ぶりの「監獄法」改正から、16年が経って

外部の目が入らない拘禁施設では、何が起こり得るのか。1995年にCPRを立ち上げて以来、拘禁施設の被収容者にも人権があることを訴え、処遇の改善を求めてきた海渡さんは、四半世紀にわたる自身の取り組みを交えてこう話す。

「当時の刑務所では、反抗的とされた受刑者が保護房に入れられ、革手錠で片手前、片手後に締められることが相次いで発生していました。私たちは受刑者をサポートしましたが、酷い扱いを受けて傷を負い、亡くなる人もいました」

「1998年10月、CPRは刑事施設内で起きている人権侵害について、国際人権(自由権)規約委員会に報告し、委員会から日本の刑務所で危険な拘束具が多用されていることを問題視する勧告を引き出すことができました。
勧告後、法務省が全国に通達を出し、革手錠の使用が激減するという成果もありました。刑務所制度の改革に向け、日本弁護士連合会と法務省が共同でイギリスやドイツなど海外の刑事施設の視察や勉強会をおこなっていた……そういう時期に、名古屋刑務所事件が起きたんです」

名古屋刑務所事件とは、2002年10月、同刑務所で複数の刑務官が受刑者に暴行を加え、3名の死傷者を出した事件を指す。亡くなった2名のうちひとりは、保護房内で刑務官から臀部(でんぶ)に消防用の高圧ホースを噴射され、直腸を損傷し、死に至っている。

「刑務所内を改革するため、2003年4月に行刑改革会議が始まるのと前後して、過去10年間1,600人分の死亡帳が出てきました。保護房で亡くなったケースや、死因が全くわからないケースも多く、その中の238件について、刑務所内で起きたことを記録している視察表とカルテを出してもらい、調査を進めました」

「視察表を見てさらに驚いたのは、明らかに虐待によって殺されたとわかる人が何十人も出てきたことです。そこから徹底的に調査したことが監獄法改正につながり、保護房に入れるときはビデオを撮る、革手錠は廃止する(代わりに現在はナイロン製が主に使われている)など、戒具の使用に厳しい制限が設けられました」

「実際、虐待が減っていた時期も、あるにはあったんです。でも、今回の事件や最近、立て続けに起きている事件からは、統率するためには痛い目に遭わせてもいいという考えが復活しつつあるように見えます。あらためて制度改革が必要だと思っています」

▲1995年に監獄人権センター(CPR)を立ち上げ、現在、代表を務める海渡さん。CPRの設立以来、戒具と保護房を使用した人権侵害の問題を指摘してきた

証拠の映像が、人為的なミスで存在しない

保護房で24時間、監視カメラが作動していることは、被留置者のプライバシーの侵害ではないかという意見もある。だが、事実を客観的に映すカメラは、被留置者だけでなく、そこにいる留置担当官の行為も、忖度(そんたく)せずに記録する。

小竹さんは、証拠保全のために新宿署に足を運んでいるが、結論をいえば、保護房に入れられたAさんの映像は残っていなかった。

「留置場には保護房だけでなく、いくつか監視カメラがあり、録画操作はボタンでおこなわれているそうです。ところが、『2022年6月初旬に一度、録画を中断して、その後、再開するためにボタンを押すのを7月中旬まで忘れてしまったため、その間の映像はない』と。新宿署の副所長からは、そう説明されました。でも、映像が本当にないのかどうか、信用しがたいですよね」

仮に新宿署がいうように、約1カ月半、監視カメラがトラブルで作動していなかったとしても、Aさんを保護房に入れ、戒具を装着するまでをハンディカメラで映した、約3分間の映像は存在する。だが、被告の東京都は、“公務員の職務上の秘密に関するから”という理由で、映像の提示を拒否している。

「東京都はアルジュンさんの裁判で、映像を証拠として出さざるを得なかったことを後悔しているんだと思います」

提訴から4年8カ月、3月17日に判決がいいわたされたアルジュンさんの事件で、裁判所は留置担当官の救護義務違反を認め、東京都におよそ100万円の支払いを命じた。
この裁判では、アルジュンさんが新宿署の保護房に入れられたときの映像が、弁護団に開示されている。そこには、ネパール語で「痛い、苦しい、だんなさま、やめてください」と懇願しているアルジュンさんを、留置担当官をはじめ16人で取り囲み、戒具を装着する署員の姿が映っている。

だが、今回、新宿署は映像の公開を拒否している。このため弁護団は、当人と関係者の証言のみから、立証せざるを得なくなっている。

▲「留置担当官や刑務官も上下関係に悩まされているので、彼らが働きやすい職場になれば、状況も変わるかもしれません」と小竹さん

拘禁施設内にも人権はある

あまりの痛みに戒具を外してもらいたくて「ごめんなさい」と謝るAさんに、留置担当官は「こういう法律があるから仕方ない」といって拘束を続けたという。だが、熱のある同房者のために毛布の差し入れを依頼したAさんの一連の言動と態度は、冒頭に記した保護房収容、戒具の使用要件のいずれにも当てはまりはしない。

留置担当官が、勝手な裁量によって懲罰を与えてよいなどという法律も当然ない。

昨年12月、愛知県の岡崎留置場では、公務執行妨害で逮捕された男性が、延べ130時間にわたりベルト手錠などで拘束され、亡くなった。監視カメラは、戒具で拘束され、寝転がされた状態の男性を、複数の署員が足で動かしている様子をとらえている。

同じ月には、名古屋刑務所の刑務官22人が2021年11月から2022年8月にかけて、複数の受刑者の顔や手を叩く、顔にアルコールスプレーを噴射する、尻をサンダルで叩くなどの暴行を繰り返していたことが判明し、報道された。

被留置者や受刑者への度重なる暴力、その背後には、罪を犯した人、犯したかもしれない人が制裁を加えられるのはやむを得ないと、このような懲罰的処遇を肯定する社会の空気があるのではないか。この問いに、海渡さんと小竹さんはこう答える。

「罪を犯した人たちに警察が甘い態度でいたら、また罪を犯す。そう考える人もいますが、それは間違っています。痛い目に遭わせ、威圧によって抑制するだけなら、外に出て痛い目に遭わなくなれば、元の木阿弥です。
でも、人は人として扱われることで初めて自分の過ちに気づき、自分の生き方を省みることができるんです。受刑者を支援することが、社会全体を安全にすることにつながると、僕はそう思います」

「どんなことでもそうですけど、差別は知らないことによって助長されます。私は彼らも同じ人間で、私たちと変わらないと思っています。
国が受刑者の社会復帰を支援することは、法律でも定められています。彼らを一段低く見て、傷つけてもよい理由はありません」

Aさんは今も、自問しているのではないだろうか。同房者と一緒に熱のある人のために毛布の差し入れを頼んだことの、何が問題だったのか。一度、過ちを犯した自分には“人として”の意見を口にすることは、許されないのだろうか、と。

留置場、刑務所、入管の収容施設など、外部の目が届かない拘禁施設内で、規律秩序や保安の維持に名を借りて被収容者に対する職員による違法行為が繰り返されている。

こうしたことが明らかになっても、自分には縁のない、他人事だと多くの人が傍観しているうちに、国家権力は管理体制を少しずつ強めてゆく。
その先にあるのは、誰にとっても生きにくい社会ではないだろうか。

▲今回のケースは誰の身にも起こりうることであり、法律に定められた手続きによらずに懲罰を行うことは憲法違反であるということを多くの人に知ってほしい、と弁護団

取材・文/塚田恭子(Kyoko Tsukada)
撮影/穐吉洋子(Yoko Akiyoshi)
編集/丸山央里絵(Orie Maruyama)