住民のための町政をはばむ「地方議会の機能不全」をただす

2022.6.15

湯河原町議会をめぐる、ふたつの訴訟のストーリー

「本来、地方議会は、地元の名士たちの仲良しクラブではない。住民を代弁する公的機関です」――50余年、神奈川の地方政治を見守ってきた大川隆司弁護士の静かな言葉。

「湯河原町議会は予算から条例から、町民の暮らしに影響することをたくさん決めています。私たちも、自分たちの町の議会で何が起こっているか、知る権利がある」――湯河原町民の濱田知子さん。ゆがわら町民オンブズマンの代表を務める。

「町議会の側からも、開かれたものにしていく努力が必要です」――湯河原町議員の土屋由希子さん。

「そのためには、町議会は作法や慣習を守ることに熱心になるのではなく、自由な言論の府として、憲法や法律に則って町政を行わなければなりません」

人口2.4万人、歴史のある温泉地・神奈川県の湯河原町で、地方議会のあり方を問う訴訟がふたつ、起こされている。ひとつは町政の透明性を求める町民たちの訴訟であり、もうひとつは「地方議会は言論の府たりうるか」を問う町議員の訴訟である。大川弁護士は両訴訟の弁護団長を務める。

▲今回の出来事の舞台となった、湯河原町議会場

ふたつの訴訟

定数14人(現在13人)の湯河原町議会では、年に4回、定例会(本会議)が開かれる。本会議は3月、6月、9月、12月に2〜3週間ずつ行われ、そのほか、随時、委員会が開かれてテーマごとの協議が行われる。条例を作ったり、予算を定めたり、町民の陳情を受けたり、町議員の仕事は幅広い。

町税について協議する特別委員会(「町税等徴収対策強化特別委員会」)に町議員の土屋さんが出席したのは、町議員に初当選した後の2020年7月のことだった。

「そこで、A3サイズの、2〜3cmもの厚さの、大きな冊子が議員1人に1部、配られました。中身はExcelの表で、2000人ほどの税金滞納者リストでした。

個人・法人の名前の横に、その人の住所、その人に対して町が持つ債権――住民税、固定資産税、介護保険料、公営住宅の家賃、上下水道料金など――がびっしりと記載されていました」

冊子は回収もされないままで行方は知れず、この運用は10年間の慣例となっていた。

「これは個人情報保護の観点から問題ではないか」――土屋さんはその後、9月に開催された本会議において指摘した。

「地方税法の守秘義務の点からも問題です」

すると、この委員会は「秘密会」であり、そこでの「リストの不回収」を指摘した発言は秘密会の議事を「口外」したことになり、「懲罰の対象となる」として、土屋さんは町議会から2度の懲罰を受けた。1度目は陳謝、2度目は出席停止の処分だった。その際、土屋さんは陳謝を拒んだにもかかわらず、議会報には土屋さんの手によらない陳謝文が掲載され、町民に配布された。

2021年1月、土屋さんは懲罰の取り消しのほか、議会報への謝罪広告の掲載などを求める訴訟を起こした。

一方、個人情報が記載されたこの滞納者リストが10年間にわたって配布されたままという話に驚いた町民の濱田さんは、町税納税者として、なぜ町がこうした資料や情報を提供しているか疑問に思った。

そこで行政の運営を外部からチェックする市民団体「ゆがわら町民オンブズマン」を20人の町民と立ち上げ、経緯を確認すべく、この特別委員会(秘密会)の議事録を公開してほしいと、情報公開条例に基づいて町に求めた。しかし町は理由の記載もそこそこに「非公開」と決定を下した。

2021年4月、濱田さんたち「ゆがわら町民オンブズマン」は、この非公開決定を取り消し、公開決定を求める訴訟を起こした。

▲「議会ゆがわら」(令和2年11月発行)の誌面。土屋さんが読み上げを拒否した陳謝文がそのまま掲載されている

町議会に透明性を求めるが

「私は、この話を聞いたとき、湯河原に住んでいる町民として、すごくモヤモヤしました。情報管理があまりにずさんで、そんな状態が長い間放置されている。なぜこんなことになってしまっているかも、よく理解できない」

もともと神奈川県下の別の自治体で市役所職員として働き、10年前に湯河原町に移住した濱田さんは、町議会の運用がいかに異常なものであるかを語る。

「行政が個人情報にかかわる資料を審議するときは、手順を踏むのが当たり前です。私の勤めていた市でも、プライバシー保護については職員も勉強していた。それが湯河原町では、10年もこんな扱いをされているなんて」

「ショックでした。この件は氷山の一角なのではないかとも思った。湯河原町民の立場として、また納税者としても、このままにしてはいけない、どうしてこうなったかを明らかにしないといけないと思いました」

湯河原町の情報公開条例には、憲法21条に由来する「町民の知る権利」がうたわれている。その情報公開条例に基づいて、濱田さんたち町民オンブズマンは特別委員会の10年分の議事録を公開するよう町に求めたが、町から届いた非公開決定は黙殺に近いものだった。

非公開の通知書の中には、湯河原町議会には「秘密会」を定める「会議規則」が存在することを根拠に、「公開義務を負わない」との趣旨の記載があるのみ。それ以上の説明もなかった。

▲「湯河原は住みやすいし、当初は多少の不都合があっても自分が幸せにいられればいいと思っていました」と移住当時を振り返る濱田さん

「秘密会」とは何か

憲法57条1項 両議院の会議は、公開とする。但し、出席議員の三分の⼆以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。

2項 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ⼀般に頒布しなければならない 

「そもそも立法府の会議は公開が原則であり、秘密会というものは国政に携わる国会においても、例外的に認められる場面です」大川弁護士が説明する。

「国会では、まず本会議が秘密会となったことはないですし、委員会においても秘密会は年に1、2件あるくらい」

「この考え方は地方議会にもあてはまります。ほかの地方議会に目を向けると、全国800余の市議会を合わせても、秘密会は本会議・委員会を合わせて年間20件くらいの開催頻度。そんなに秘密会をやるべきではないし、やらなくても議会が運営できるということの示唆です」

そんな中で湯河原町議会は、1年に4、5回も秘密会を行っていた。

「これは異常なペースです」大川弁護士は指摘する。

「それに、国会の秘密会でも、秘密の対象となるのは発言内容に限ります。『滞納者名簿を配布した』とか『回収されていない』とかいう事実は、単純に非公開とされる対象ではない」

▲大川弁護士は行政訴訟を数多く手掛けてきた第一人者。「かながわ市民オンブズマン」の代表も務める

「言論の府」としての地方議会

なぜ国会で普通に行われている運営が、湯河原町議会ではできないのか。

「町議会の体質が『慣習の方が大事だ』となってしまっているんです」土屋さんが言う。

「お作法や、議会の規則を守ることに一生懸命で、憲法の人権意識とか、法令や条例に対する意識が低い」

「『慣習を指摘した議員に懲罰を下す』というような、町民のためにもならないことに時間を使って、結果として町民のための議論をする時間がなくなっている」

「ルールは何のためにあるのか。本来は一人一人の市民のためにあるのではないか。しかし町議会は、『会議規則』を自分たちの慣習を守るために使ってはいないか」

四半期に1回、3週間しかない9月の議会で、最初の懲罰である陳謝を拒んだ土屋さんが、2度目に受けた懲罰は、出席停止だった。

自治体の懲罰は地方自治法に定められており、重い順に除名、出席停止、陳謝、戒告の4つの段階がある。懲罰は、「会議体としての議会内の秩序を保持し、その運営を円滑にすることを目的として科される」とされるが、その基準はあいまいだ。

基準のあいまいさゆえに、議会の多数派が少数派議員の議場での発言を取り上げ、「不穏当な発言」などとして懲罰の対象にした自治体もある。こうしたケースでは、懲罰が事実上、少数会派の議員の発言を抑圧するためや、ネガティブキャンペーンのために使われてしまう。

宮城県岩沼市議会でも、陳謝をした同僚議員を「政治的に妥協した」と話した市議会議員に対して、その発言をとらえて出席停止の処分が下された。

この処分に対して取り消しを求めて訴訟が起こされた。それまで裁判所は、地方議会が行う処分に対してはもっとも重い除名処分の場合しか適否を判断してこなかったため、出席停止処分も救済の対象となるかが争われた。結果として、最高裁判所は2020年11月、「出席停止は議員の中核的活動ができなくなる重い処分であり、懲罰の選択が妥当性を欠く場合には、司法の視点からの判断が必要になる」と判示した。これ以降、重い2種類の処分、除名と出席停止に対しては裁判所が適否を判断する道が開かれた。

「しかし問題なのは、懲罰の軽重ではない。処分固有の実害の問題だけでもありません」大川弁護士が説明を加える。

「議員の発言に対し懲罰を濫用することで、何が起こるか」

「特定の言論活動に対する影響――自由な言論を委縮させる効果がある。それこそが問題です。議長の権限によって発言を禁止することで、議場で発言できない前例ができてしまうからです」

「これ自体が、『言論の府』である地方議会として、致命的な問題です」

▲2020年9月、土屋議員は1日間の出席停止の懲罰を受けた

地方議会にも法治主義を

憲法 第92条:地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

「地方自治の本旨」とは、住民の意思に基づいた民主主義的な地方政治の運営が行われること(住民自治の原則)、それが地方分権のもとに行われることである。

日本には900余の町村議会と800余の市区議会がある。

「日本が法治国家である以上、行政も、憲法や法律、条例といった民主主義的な立法のもとで行わなければならない。地方行政を担う自治体や地方議会だってもちろんその対象です」と大川弁護士。

「それが実際は、地方名士の仲良しクラブのような、私的団体に近い感覚で町政が行われている自治体も多かった。『住民の要求を言論で代弁する公的機関』という認識が薄かったのでしょう」

「だから湯河原町でも、慣例の名のもとに、秘密会が頻発し、懲罰が濫用され、説明もないままに情報公開請求がはねつけられた」

「だけど地方議会は聖域ではない。学問の府や政党、宗教団体とは違う。憲法をはじめとした法秩序のもとにある、公的な機関なのです。慣例やお作法や我が町の『家風』ではなく、法令や条例を遵守して適切に運営しなければなりません」

土屋さんを原告として懲罰を争う訴訟は、今も横浜地方裁判所に係属中だ。裁判所から町に対し、議会の議事録を提出するよう命令が出され、近いうちに証拠調べが行われる。

一方、この2月、オンブズマンの提起した訴訟のうち、情報の非公開決定の取り消しを求めた部分に、オンブズマン勝訴の判決が出た。横浜地方裁判所は、町議会の非公開決定は理由付記が不十分であり、違法なものであるとして、取り消しを認めた。

判決の理由は「町議会の決定に理由付記が不十分」ということであったが、傍論(付随的な意見)で、「非公開とできる情報」の根拠は法律と条例のみだと判断されている。――地方議会において透明性の確保は何よりも重要であり、町民から情報公開を受けた場合は公開するのが原則である。非公開は例外的な場合に限られるため、秘密会を規定した「会議規則」は議事録を非公開とする根拠にできない――という趣旨である。

しかし町議会側は、そもそも「非公開決定は理由付記が不十分で違法」とされた判決主文とその理由について主張のないまま、「傍論」で示された判断のみを争って控訴した。

▲土屋さんは自然の中で子育てをしたいと故郷へUターン。子どもたちのためにも町を良くしたいと議員になった

公共訴訟をフェアに支える必要

「公権力相手の訴訟はすごく不公平です」

「公の機関は負けたという事実を率直に認められないので、だいたいはデスマッチで最高裁まで行きます。一般の民事訴訟は7割が和解で終わるのと違って、途中で和解しない」

大川弁護士が行政訴訟の特徴を話す。

「そして公の機関の側は、弁護士を税金で賄うことができる。報酬を払い、代理人をどんどん投入できます」

「一方で、訴えている側の代理人は手弁当(無報酬)かカンパ、または原告の負担で賄う。長い裁判をタダ働きということもざらです」

「公共訴訟を担う弁護士に対する知識面の整備は、弁護士になるために行政法が必修科目になるなど、進んできています。あとは、住民側で戦ってもタダ働きにならない報酬の整備など、公共訴訟をフェアに支える条件が整えていけたらいい、そう強く思います」

▲3人が歩くのは、湯河原の温泉通り、「私たちの町」

開かれた議会を求めるすべての人の戦い

「今回の件を通じて、自分の町は、自分たちが行動を起こしていかないと変わらないと思うようになりました」濱田さんは振り返る。

「議員さんは、議場での発言を封じられたら動きづらい。オンブズマンを通じて外野から情報公開を求め、その状況を全国にも発信していくこと。それが、私が町民である自分のこととして、議場の外から、一人でもできることであり、議会の透明性を保つために必要なことだと思いました」

反響は大きく、日本全国から支援の声が届くようになったという。

土屋さんも、「今回の懲罰がニュースになって、日本全国の地方議員さんからバンバン連絡をもらいました」という。

「これは湯河原町議会だけの問題ではないのです」

神奈川県の西南端にある湯河原の町は三方を山に囲まれ、言わずと知れた温泉地である。町役場は海側の湯河原駅にほど近い場所にあり、そこから温泉街を上って新緑の万葉公園を歩く。湯河原の町は山に囲まれているが、湯河原町政に透明性を求める3人の声は、湯河原の地にとどまらない。

「私たちの戦いは、議会を開かれたものにするために奔走する、全国の地方議員さんの戦いであり、地方政治に関わるすべての人の戦いでもあります」

憲法 第93条1項:地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。

「議事機関とは、討議を行う機関のことです。地方議会の本来の役割は、秘密会で議事を隠したり、自由な発言を懲罰によって取り締まったりするのではなく、言論の府として、『何が住民のための運営か』を住民の代表として議論することです」

日本には1700余の地方議会がある。「住民の意思に基づいた民主主義的な地方政治」は、日本に住む私たちすべての生活の、隣にある、べきものだ。

「言論の府としての地方議会」を取り戻すために3人の上げた声は、初夏の木の幹に枝葉が茂っていくように、日本全国へと広がっている。

▲地方政治のあり方を議論しつづけてきた3人の会話は、今日も尽きない

取材・文/原口侑子(Yuko Haraguchi)
撮影/保田敬介(Keisuke Yasuda)
編集/丸山央里絵(Orie Maruyama)