2024.7.19

【第一審判決】会見・判決報告会レポート「日本の黙秘権を問う訴訟」

2024年7月18日@司法記者クラブほか

2024年7月18日、「日本の『黙秘権』を問う」訴訟の第1審判決が東京地裁で言い渡されました。このコラムでは、判決の内容と、同日に行われた記者会見・判決報告会の様子を併せてレポートします。

この訴訟は、検察官による長時間で侮辱的な取調べが原告である江口大和さんの権利を侵害し、違法であるとして、2022年3月、国に1100万円の損害賠償を求め提訴したものです。第1審判決では「社会通念上相当な範囲を超えて原告の人格権を侵害するもので違法」として、国に110万円の賠償を命じる判決が言い渡されました。検察官による取調べについて「黙秘権の保障の趣旨にも反する」とも述べられました。

訴訟の概要

当時弁護士だった江口さんは、横浜地検特別刑事部に逮捕されました。

逮捕後の取調べの冒頭で、江口さんは無罪を主張して黙秘の意思を表明しました。それにもかかわらず、検察官による取調べは21日間にわたって56時間以上続きました。加えて検察官は、江口さんを精神的に圧迫することで供述を強要しました。これは黙秘権を侵害する行為にあたり得ます。

また取調べの中で、検察官は江口さんを「僕ちゃん」「お子ちゃま」「ガキ」などと呼び、「うっとうしい」「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」「嘘をつきやすい体質」「詐欺師的な類型」などと罵倒したり、弁護人の活動を侮辱したりする発言をしました。

さらに事件と全く関係のない江口さんの中学時代の成績に触れ、能力について揶揄したり、家族や指導教官など周囲への負担を盾にしたりして、江口さんの人格を否定するような場面もありました。検察官によるこれらの言動は、弁護人依頼権や人格権を侵害する行為にあたり得ます。

第1審判決の内容

第1審判決では、取調べにおける検察官の発言は「社会通念上相当な範囲を超えて原告の人格権を侵害するもので違法」と判断されました。その内容をまとめると、以下のようになります。

判決文では、取調べにおける検察官の発言が複数取り上げられました。たとえば、「ガキ」「お子ちゃま」「能力がね、足りてないっすよ」「嘘つきやすい体質」「詐欺師的な類型」などです。これらの発言は、「原告の弁護士としての能力や一般的な資質に問題があることを、殊更に侮辱的な又は揶揄する表現」だと認められました。そして、これらは「事件に係る指摘として必要な範囲を超えて、繰り返し指摘するものであって、原告の人格を不当に非難するもの」だと判断されました。

そのうえで、「これらの発言は、これを受ける者が反論をせずに看過することが困難な程度の人格的な非難を繰り返すことにより、その者に黙秘を解いて何らかの供述をさせようとしたものと評価せざるを得ず、黙秘権の保障の趣旨にも反する」とされました。これは、黙秘を表明した江口さんの口を開かせるため、検察官が執拗に江口さんの人格を詰る言動を繰り返した点を鋭く指摘したものです。憲法38条や刑事訴訟法198条は、自己の意思に反する供述を強要されないことを明確に定めています。判決文は、黙秘権の侵害を直接は認めなかったものの、その趣旨(自己の意思に反する供述を強要されないこと)を重視したものと評価できます。

3.記者会見の様子

判決言渡し後に行われた記者会見で原告の江口大和さんは、「黙秘するのを馬鹿にされたことが違法と判断されて良かった」と胸を撫で下ろしました。取調べを受けた当事者としての苦痛が認められたためか、その顔には安堵の色が垣間見えました。しかしその一方で、「供述を得るための“説得”と称して取調べが56時間も続いた点については違法と評価されなかった」と厳しい表情で語りました。黙秘権の行使を宣言してもなお続行された長時間の取調べに関する判断に対しては憤りを隠せない様子で、東京高裁に控訴する意向を示しました。

趙誠峰弁護士は、「評価が難しく物足りない判決だ」としつつ、「黙秘権の真の保障に向けて第一歩となり得る」とコメントしました。具体的には、自己の意思に反する供述をしないことが黙秘権の趣旨であると認められ、その趣旨に反して執拗に人格を非難する言動が違法だとされた点を強調しました。

また髙野傑弁護士は取調べの映像が法廷で上映されたことに触れ、「刑事事件における証拠が国家賠償訴訟である本訴訟で証拠として採用されるには長い時間と煩雑な手続きを要した」と現行法の不備を指摘しました。刑事訴訟法の規定により、一部の刑事事件を対象に取調べの録音・録画がなされています。江口さんの取調べでも、録音・録画がされていました。しかし現在の法律では、その映像を当該刑事事件以外の目的で使用することは認められていません。弁護団には、映像を民事事件である本訴訟で証拠として用いるために、民事訴訟法上の難しいハードルをやっとの思いでクリアしてきたという経緯があります。髙野弁護士は、「今回のような取調べ映像の事後的な利用をもっと頻繁にするために、立法的な解決が必要だ」と訴えました。

最後に「これで止まっちゃいけない」と宮村啓太弁護士。今回の判決は一応は勝訴といえるものの、取調べの続行やそこでの検察官の発言が、黙秘権を直接に侵害したものとは認められませんでした。「『あなた被疑者なんだよ、犯罪の』という検察官の言葉に強い怒りを感じている。黙秘権の行使を宣言した被疑者に取調べを強いること自体の問題を今後も引き続き主張してゆく」と改めて決意を口にしました。

4.判決報告会の様子

⑴ 江口さんによる挨拶

記者会見のときよりもやや柔らかな表情を浮かべた江口さんは、「長い戦いだったが、ひとまず第1審判決まで辿り着けて良かった」と挨拶し、支援に対する感謝の言葉を口にしました。参加者からは温かい拍手が惜しみなく送られました。

⑵ 第1審判決に関する受け止め

「黙秘権を行使した後に取調べをすること自体が黙秘権の侵害であり、仮に一定の取調べをするということが許容されるという見解に立ったとしても取調べは決して無制限ではないことを主張してきました」とこれまでの経緯を振り返った趙弁護士。しかし第1審判決ではこの主張に対する応答がされませんでした。これを踏まえ趙弁護士は、「黙秘権の侵害というものについては事実上何の判断も示してない」との受け止めを示しました。

⑶ 検察官の発言に関する判決文の検討

そのうえで趙弁護士は、検察官の発言に関する判決文の内容を以下の3つのポイントに分けて解説しました。

① トイレから戻った江口さんに対する「取調べ中断してすいませんでしたとか言うんじゃねえの、普通。子どもじゃないんだから。あなた被疑者なんだよ、犯罪の」という発言について:
取調べを行う検察官に対して必要以上に服従的な態度を取ることを求めるものであり、他の発言と併せて考えると、人格権を侵害すると判断している。

② 体調を尋ねる質問や挨拶に対して返事をしない江口さんに対し「それは黙秘権の行使なんですか」などという発言について:
自己の意思に反する供述をしないことは、被疑者に認められる権利である。他の発言と併せて考えると、こういった黙秘権の趣旨に反していると判断している。

③ 黙秘を貫く江口さんに対する数々の人格的非難を含む発言について:
反論をせずに看過することが困難な程度の人格的非難を繰り返すことにより、その者に黙秘を解いて何らかの供述をさせようとしたものと評価すせざるを得ず、黙秘権の保障の趣旨にも反していると判断している。

⑷ 安部祥太氏(関西学院大准教授)によるコメント

本訴訟の意見書を執筆した安部祥太氏は登壇予定であったものの、体調不良により欠席されました。

もっとも、「人格権の侵害という違法を認めさせたことの意義は大きいものの、一部のメディア報道を受けて、SNS上では国家賠償責任が認められたという部分のみを切り出した反応がみられる。しかし裁判所は江口さんらが主張してきた黙秘権の問題には正面から向き合っているとはいえない。日本の『黙秘権』を問うという問いは、引き続き我々にも向けられている」とのコメントが安部氏より寄せられ、髙野弁護士により代読されました。

⑸ 今後について

宮村弁護士は今後について、「控訴する方針だ」と述べました。また、「黙秘する者に対する取調べの是非を問うた事案は過去を振り返っても他にない」と本訴訟の意義を強調しました。そのうえで趙弁護士と同様、「黙秘権の行使の後に取調べをしたこと自体が黙秘権の侵害だということについて正面から答えてほしい」としました。

⑹ 取調べ映像がもつ影響力

続けて宮村弁護士は、「この種の訴訟で、取調べの録音・録画の映像を法廷で上映するのは絶対に必須だと確信した」といいました。

「第1回口頭弁論では傍聴が0人だった。しかし記者クラブで映像を上映した途端、空気がぱっと変わった。映像を公開した後、本訴訟に対する注目が一気に集まった」とし、取調べ映像がもつ、マスメディア・世間に対する影響力の大きさに言及しました。また裁判所に対する影響力についても、「録音・録画の映像があったから、発言の一つひとつを引用して認定してもらえた」と意義を強調しました。

⑺ おわりに─江口さんの決意─

「最高裁判例、作り直します!」

江口さんは報告会をこう締め括りました。江口さんは自らが受けた苦痛を晴らすためではなく、まさに「日本の『黙秘権』を問う」ために闘っています。これからも本訴訟に注目していただけますと幸いです。

⽂/澁谷哲太郎(CALL4)
撮影/徳岡未来(CALL4)