「やらなきゃいけないと思っている」― タトゥー事件/第2回

2020.2.1

連載:公共訴訟としての刑事弁護―「異端」の弁護が社会をつくる

(連載第1回:タトゥーを彫る彼の、「あの」前のこと― タトゥー事件/第1回
(連載第2回:「やらなきゃいけないと思っている」ー タトゥー事件/第2回)
(連載第3回:「嫌い」と排除の隔たりを問うて― タトゥー事件/第3回
(連載第4回:それぞれのたたかい― タトゥー事件/第4回

罪に問われた人、弁護をする人

日本の刑事裁判における有罪率は99%以上だ。それは、いったん起訴されると、ほぼ間違いなく有罪という判断がなされるということを意味する。つまり被告人が、やっていないと主張したり、法律の適用がおかしいと主張しても、それが認められる可能性は限りなく低いということだ。

そうした中で無罪を勝ち獲るのは奇跡に近い。

しかし、奇跡、とは言っても、無罪判決が運任せによってもたらされることはない。無罪判決が出される事件には、必ず「人」がいる。この絶望的な状況においても、わずかな可能性を信じ、挫けず、闘う人たち。そうした人たちの血の滲むような努力の先に、ときに、奇跡が起きる。

罰金30万円の略式命令が出される前日、タイキ氏は仲間の彫り師2名と一緒に、弁護士のもとを訪れた。

「摘発を受けて、警察に呼び出されて、そこで医師法違反ですと伝えられて。調書はどんどんと作られていくし。このままどうなってしまうんだろう、と状況についていけなくて。好きな仕事をするという、昨日までできていたことが急にできなくなってしまって、頭はもう真っ白でした。」

「ただ何とかしなくては、という思いで、大阪の彫り師で集まって、情報を共有して。そういう中で、同じ危機感を持つ彫り師の仲間2人と弁護士さんを探すことになったのです。」

それまで刑事裁判はおろか、弁護士にも縁のなかったタイキ氏たちが、自分たちでなんとか調べてまず接触したのは、入れ墨調査に関する訴訟を手がけていた弁護団だった。

橋下徹大阪市長のもと、市役所職員に対して入れ墨の有無に関する調査が大々的に行われ、それを拒絶した職員が懲戒処分を受けたことは、広く報道され、話題になっていた。タイキ氏たちは、入れ墨に対する規制という共通点から、その裁判の取り組みに手がかりを求めたのだった。

問い合わせを受けた弁護団は、タイキ氏たちから概要を聞き、むしろこの事件は懲戒処分の妥当性が問題となっていた大阪市の事案よりも、ダンス規制の刑事裁判に近いと考えた。

ダンス規制裁判ーそれは、タイキ氏たちが摘発を受ける4年前に起きた、大阪のクラブMOONの経営者が無許可で客にダンスをさせたとして逮捕・起訴された事件だ。 警察・検察は、風俗営業法(風営法)を厳密に適用すると、客を躍らせるためには公安委員会の許可が必要となるという方針をある日突然打ち出し、クラブの摘発を行った。

しかし、この事件が係属した大阪地方裁判所、大阪高等裁判所は、いずれも、全てのダンスが風営法の規制に服するという検察官の解釈は不当に広いものだとして、無罪を言い渡していた。

ダンス規制裁判と、タトゥー事件には確かに共通点があった。ダンス規制裁判は、風営法という古くからの法律を、狭く解釈・適用して、クラブで客を躍らせることができないという一般的な常識に反する制限を課そうとしたものであった。

タトゥー事件も、同様に、医師法という従前からあった法律の狭い解釈・適用を突如として打ち出し、医者でないと入れ墨を彫ってはならないという従前の常識に反する規制を行おうとするものであった。

特に時代的・社会的なニーズがあったとは思えない中で、警察が立て続けにこのような摘発を行った理由は不明だ。復古主義的な傾向を持つ、国や市の政権との関連も指摘されるが、その背景は現時点でも明らかになっていない。

 そこに動いていたのは曖昧でつかみどころのない力学であったかもしれないが、影響はリアルであった。一人の青年の日常が奪われ、それどころか、彫り師という一つの職業の存在自体が、突如風前の灯火となった。

大阪市の入れ墨調査訴訟弁護団から連絡先を聞き、タイキ氏たちが訪れたのが、亀石倫子弁護士であった。

 亀石弁護士は、当時弁護士になってから数年しか経過していない若手であったが、ダンス規制裁判において、画期的な違法判決を獲得するのに中心的な役割を果たしていた。また法的規制のないままに広がりつつあったGPSを使った捜査手法の適法性を争う裁判(後に最高裁にて画期的な違憲判決を得ることになる)を手がける弁護団のリーダーでもあり、新進気鋭の刑事弁護人として名を馳せるようになっていた。

逡巡

「簡単ではない、話を聞いてそう思いました。」
亀石弁護士は、最初にタイキ氏たちが相談に来た際のことを述懐してこう語る。

タイキ氏たちの相談を受ける少し前、亀石弁護士はアートメイクに関する刑事事件の相談を受けていた。アートメイクというのは、眉等の化粧の代替として皮膚に針等で色素を入れる施術である。

これによる健康被害が問題視されるようになり、厚生労働省から「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」は医業であるため医師免許がないと行ってはならない旨の通達がなされていた。そしてアートメイクを行っていた業者等が摘発を受け、時に刑事事件となることもあったのだった。

「アートメイクの場合は、厚労省の通達を根拠に、違法なものとしての処分事例も積み重なっていました。だから、刑事事件で処分を争うのは難しいと考えて、業界団体によるロビー活動とかそういうアプローチの方が良いのではないかとお伝えしたんです。」

亀石弁護士は続ける。

「でも。タイキさんの相談を受けた時、アートメイクの話とは何かが違うと思ったんです。それは直感のようなものでした。理屈は自分でもきちんと考えてみないとわからないからいい加減なことは言えないけど、でも何かが違う、そんな気がしました。」

タイキ氏や一緒に相談に来ていた彫り師の話を聞くうちに、亀石弁護士は、そう直感的に感じた理由が、少しずつ分かってきたという。

「話を聞いているうちに、彫り師という職業像が少しずつはっきりとしてきたんです。私もそれまでは、タトゥーを入れた人が向こうから歩いてきたら目をそらしていた、ちょっと怖いって思っていたところがありました。そういう意味では私自身もタトゥーに対する偏見というか、ある先入観があった。

でも、タイキさんと一緒に相談に来ていた彫り師さんが、『先生、僕はこの仕事で嫁と子どもを食わせているんですよ。』と言っていて、『あ、そうか』となったんです。彫り師という『職業』の存亡がかかっているんだと。

タイキさんからタトゥーを彫ることについての話を聞いても、そこに満ちていたのは、自分の好きなことを仕事にする、その純粋な職人とかアーティストとしての想いでした。一つの職業が今奪われようとしている。これはタトゥーに対する好き嫌いの話ではないんだ、そういうことが実感として分かってきました。」

この事件にはとても大切なことが賭けられている、亀石弁護士はそのことを理解した。彫り師は長い歴史を持つタトゥーという文化の担い手であり、その意味で唯一無二の職業であった。

またタトゥーは、美容整形とは異なり、アートであり表現でもあった。彫り師という仕事の違法化は、アートメイクのような一つの施術が禁じられるのとはまた違った影響を持っていた。ここで彼らが略式罰金を受け入れることは、長い歴史を持つ一つの文化と職業に終止符を打ち、タトゥーという形をとった表現自体が失われることもまた意味していた。

しかし、それまでも多くの刑事事件を経験していた彼女は、そこですぐに弁護を引き受けるという話はしなかった。刑事事件の被告人となること、国家権力に抗い、闘っていくこと、それがどれだけ大変なことなのか彼女には分かっていた。これまで何人もの人がそれに押し潰されてきたのを見てきた。

事案からして、タイキ氏に科されることになるのは罰金刑。罪を認めてそれを支払えば刑事手続きとしては終わる。他方で、タトゥーを彫ることが罪ではないと争えば、それは長い刑事裁判を闘わなければいけないことを意味していた。

「私は、争うことになるととても大変だと伝えました。裁判の準備だけで1年以上、この事案は地方裁判所や高等裁判所では終わらず、おそらく最高裁判所まで続くことになる。そうすると、短くても4年から5年はかかる。裁判が長くかかるということは、その間ずっと被告人という立場に縛られ続けるということ。そのことは本当にしんどいことで、その覚悟がいる。それを正直に伝えました。」

「それから、この事案は、業界全体が支援してくれないと、金銭的にも精神的にも成り立たない。その意味では刑事裁判を闘うだけでなく、多くの人たちを巻き込みながらキャンペーンを組織していかなきゃいけない。それは風営法の事件で痛感していた。刑事裁判を闘うだけじゃなくて、いろんなことを言われながらも社会全体と対峙していかなければいけない、そんな役割を求められるということも伝えました。」

始まり

当時弱冠27歳。高校の時からずっとタトゥーを追い求めてきたタイキ氏には荷が重い話であったかもしれない。しかし、実際に罰金命令が出された数日後に再度亀石弁護士のもとを訪れたタイキ氏は、言った。やります、と。

タイキ氏は、その時の気持ちを振り返って、こう語る。 

「大変だよ、覚悟がいるよ、と言われたのですが、やるしかない、と思っていました。タトゥーを彫るというのは、自分の居場所で、胸を張れる場所で、生きることでした。ある日、その場所を突然奪われて、そのままにしておくことはできない。他に選択肢はなかったです。」

「自分たちが助けを求めた時に、返答をくれた唯一の人が亀石弁護士でした。だからこの人と一緒にやる、それしかない、そう思いました。」

亀石弁護士も、覚悟を決めていた。

「勝てますか、勝てませんか、と聞かれても、『わかんない』としか言えないし、『勝てる』なんて無責任なことは言えない。でも、その時には、彼らが生きてきた彫り師という職業が自分の中で像を結んでいました。それから、タトゥーがこれまで日本社会の中に存在していたその歴史や文化を考えた時に、このままにしておくわけにはいかない、と思いました。ここで争わなければ、一つの職業が、夢が、文化が消える。だから、勝てるかどうかは分からないけど、やんなきゃいけないと思ってる、と伝えました。」

「ーそう、私もやんなきゃいけないと思ったし、彼らもやんなきゃいけないと思ってた。私たちはそこで一致したんです。」

取材・文/谷口太規(Motoki Taniguchi)
撮影/神宮巨樹(Ooki Jingu)

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※この記事は、刑事弁護の情報と知が集まるポータルサイト「刑事弁護OASIS」の連載記事として書かれたものの転載です。